結局やることもなくぐうたらと1日が終わります。
しかし、何やら19時から私の好きそうな番組をやるみたい。そして金八先生や鹿男あをによしがあったり、アメトーークがあったり鬼太郎があってお風呂に入る暇がなさそうなので、今お風呂に入っています。
しっかり温まって汗を出すのが気持ちよい。
そしてテレビを見ながら、今までのHを見て(決して卑猥な雑誌ではない)ゆるゆるするのですー。
ゆるゆる。
なんてステキな響きなんだろうか!
きっかけは、ある方に感想を求められたところから。
それは、先日の情熱大陸に出演していた「祖父江慎さん」のことに対して。
私は、その日初めて彼のことを知りました。
見た感想としては、うらやましい。ということでした。
すごく自分に素直だし、生まれ出たままのことを形にしているという感じがすごくすがすがしくて、優しくて。
周りの意見も聞くけど、きちんと自分の中に芯がある。でも、心の広い人。
大の大人が街をスキップしたり、クモと戯れたり、地面に這いつくばる。
確実にこの人は、生きてる。
「生」というものを体中から感じられる人で、すごく気持ちの良い印象を受けました。
これは、受け手である一視聴者の気持ちです。
が。
作り手(テレビ局)側の意図としては(私が考えるにだけど)
「この祖父江慎と言う人は、変な人です。とてもとても変な人です。でも、すごく才能があるんです。だから、何してもいいんですよ」
っていうことだったのかもしれないなって思いました。
それを象徴したのは、印刷会社の人が祖父江さんのところに訪問して、装丁に無理なことを提案した彼に対して遠まわしに「これはできない=やりたくない」ということを言うのだけど、祖父江さんは無理でもいいからやってみましょう、それからですよーみたいなことを言って、結局はOKだった…というシーンでした。
そのシーンを見たときに、私は大人の世界ってやっぱり、ああいう祖父江さんみたいな異端=変わり者は受け入れられないんだなって思いました。
しかも絶対的に。
あのときは印刷会社の人もしぶしぶ快諾したけど、最後に「この話、お断りしようと思ってきた」と言っていたところにも表れていたことだと感じます。
私たちの中にはおそらく知らない間に固定された観念があって、本だったらこうじゃなきゃいけない!っていうのがある。
別に誰が決めたわけでもないのに。
だけど、そういう中で、たまに、違う形の本を見たときに「あ、面白いな」ってなる。
内容もそうだけど、やはり第一印象って大切で、それがその本をより引き立てるものになったりする。
そういうのが祖父江さんのようなブックデザイナーの役目なのだろうなと思ったのです。
それを、祖父江さんは知っているのだろうと思ったのです。
でも、それがなかなか受け入れられない窮屈な世界で生きているように感じました。
そんなマスメディアに対しての考えをしてみて、ちょっと心が悲しくなりました。
おそらく私が情熱大陸で感じたのは、テレビ局一方的な観念の押し付けに対する違和感だったのかと思います。
多分、異端であるところを見せることによって、彼の才能が引き立つという番組的な効果もあるのでしょう。
その辺がどうも引っかかってしまい、後味の悪い気分です。