今日は祝日ですが営業してますっ(*゚∀゚*)
今流行りの!!!

 
黒髪でもキレイに色がはいるんですよ!!!
みんなで実験してみました
まずは田中店長↓

 
 
 紫・みどり・オレンジキレイに入りました( ´艸`)
次は山根さん(*゚.゚)ゞ
カラフルで巻くとさらに可愛くなりました(///∇//) 

  
 
私も挑戦しましたΣ(・ω・ノ)
 
一色315円でできますよ~!!!
皆さんも是非試してみてねっ!!!

営業終了後のチャンティ(●´ω`●)ゞ
おいしそうな

 

 
すいか割り大会開始です!
トップバッターは、田中店長

いい線いってますね~


  
まだ割れませんでした( ´艸`)

次は、ちほちゃんです☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*
アンどぅ監視役~笑

 
惜しい~。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。 
続いてアンドゥヘ(゚∀゚*)ノ
 
 
 
全くダメだ~(x_x;)
次は坂口さん~

 
割れたっ!!!Σ(・ω・ノ)ノ! 
さすが坂口さんっ!!!

  
美味しそう~(σ・∀・)σ 
思わず食べちゃいましたっ!!!

 
甘くて美味しかったですよ~о(ж>▽<)y ☆

こんにちはっ(●´ω`●)ゞ
雨が止んでいいお天気でルンルンですっ
暑くなるのはいやですが・・・(ノ◇≦。)


7月といえばっ!!!
夏といえば浴衣!!!笑

 

お祭りや花火大会など浴衣の出番ですっ
CANTKでは浴衣の着付け&setできますっ!!!

 
ぜひCANTIKにご来店ください~(σ・∀・)σ
そして15日からはスタッフも浴衣で営業します( ´艸`)
お楽しみに~♡♡♡

こんにちわっ(*´∀`)
最近わ雨でジメジメしていて嫌ですね(´;ω;`)



7月からCANTIKでは
実施中です!!!
シャンプー&トリートメント
洗い流さないトリートメント
スタイリング剤などなど・・・
化粧品SETもあますよ(´・ω・`)

 
 お客様によってスタイリング剤など
変えることができますのでぜひ
この機会に使ってみてくださいっ(*´ω`*)


 

おはようございますΣ(ノ≧ڡ≦)
更新出来なくてすいません(ノД`)

先日お友達の結婚式
行くということでset&メイク
させていただきましたっ(´・ω・`)

 
天気も良くて良かったですっ(・∀・)
ありがとうございましたっ(*´`*)  



そして昨日はオーナーのお誘いもあってCANTIKのみんなでお相撲さんたちと
ご飯に行ってきました(´・ω・`)

 
  
  
お相撲さん手が大きい(゚o゚;;!!!
  
  
  
いろんな話を聞かせて頂いて
すごい楽しかったですっ(*^_^*)

 

こんにちわ(´・ω・`)

CANTIKはみんななので紹介したいと思います(*´ω`*)
まずは店長
  
THEピンクですねっ
店長らしい・・・(´・ω・`)

次は井上さんっ!!!

  
今日は編みこみっ
授業参観STYLE

次は・・・
  

坂口さんいわくハワイアンブル~(笑)
刈り上げはヒョウ柄ですっ(笑)

坂口さん


坂口さんはフラッシュピンク
ちらっと見えるのが可愛い~♡♡♡
みなさんも是非流行りのカラーで
イメチェンしませんか???

 
 
 
 


 お久しぶりです(๑≧౪≦)
今日はCANTIKで育ててる向日葵が
大きくなりましたっ
( ´▽`)♡
前はこんな小さかったのに
 
今ではこんなに大きくなりました(´・ω・`)
 
 
 
 紫陽花もさいてますよっ
 
 
 
これからも頑張って育てていくのでお楽しみにっ(*゚∀゚*)

そして今CANTIKでは店販キャンペーン中♡
夏限定!!!!!!!!
夏用シャンプーフレッシュリュクスを
ご購入のお客様に
ヘッドスパプレゼント!!!
 
 
ぜひこの機会に夏用シャンプーフレッシュリュクス使ってみてくださいっ(・∀・)






型式番号


 

型式番号は リック・ディアス(MSA-099 もしくは RMS-099)の次なので100が予定されており、名称もそれに併せ、開発主任のM.ナガノ博士により「百年使えるMS」という願いを込めて百式と名付けられた。しかし結局、型式番号は博士にとっての最初のプロジェクトのためにMSN-001とするべきという意見もあったため、博士の主張によりMSN-00100と付けられた。MSNのNはM.ナガノ博士のイニシャルであり、00100はMSA-100とMSN-001のダブルミーニングということになった。
しかし、5桁の型式番号は扱いにくく、本来の予定や機体名の影響からMSN-100と呼ばれることが多かった。本機は何度か設計変更が行われているため、型式番号については諸説あり、判然としない。「γガンダム」とも呼ばれるリック・ディアスの次に開発されたため、開発コードδが与えられ、百式にδガンダム(デルタガンダム)の名称が当てられるようになった[1]。機体名称に伴い両肩に漢字の「百」がマーキングされた。
対ビーム兵器
グリプス戦役時においてビーム兵器は既に標準装備であったため、ビームコーティングの施されていない通常の装甲では防御が困難な状況にあった。そこで百式には機体の軽量化に加え、機動性および運動性の向上によってビームを回避(対応)する、という案が採用された。
回避行動、機体の軽量化においてシールドは不要になったため装備されていない。劇場版第三部『機動戦士ΖガンダムIII A New Translation -星の鼓動は愛-』では、戦闘中に拾得した戦艦の装甲片をシールド代わりに使用していたり、ティターズの量産型「ハイザック」が装備しているシールドを代用している。
また、機体の基礎案からしてみれば必要ではないが、実験機という側面も持っていたため、耐ビーム・コーティングも採用されている。耐ビーム・コーティング機体の使用においては、ビームを受けた後に傾いた機体を安定させるバランス制御能力が重要であり、そのために可変機として完成が可能であったにもかかわらず設計を改めた経緯がある。また、それに長けた人物がパイロットを務める必要があり、これがクワトロ大尉が選ばれた一因とも言われている。
金色の外装
この機体の最も特徴的なものとして金色の外装があげられる。これは耐ビーム・コーティングとしての効果を持つエマルジョン塗装の一種とされ、書籍『ガンダムMSグラフィカ』によると資源衛星で偶然発見された特殊材料を調合し生成された皮膜材が用いられているという。ただし、放送当時の1/100、1/144スケールで発売された本機のプラモ解説書には、プラスチック・カラーコーティングと記述されている。劇中でも対ビーム用塗装が明言されているフルアーマーΖΖガンダムや、大気圏に突入するといった特性から入念に耐熱処理がされているΖガンダムと比べて特にビームや熱に強い演出はされていない。しかし、小説版『機動戦士Zガンダム』では「超強化プラスチック」の装甲と記載されている。またHGUC説明書などでは、耐ビーム機能があるが、その効果は一般の塗装と大差ないともされている。
そのカラーリングから戦場であまりにも目立つこと、そして施工する際のコストや技術的な理由など複数の要因から百式と系列の量産機以外には採用されなかった。ティターンズのパイロットからはその機体色がため「金色」とも呼ばれた。
高い運動性能
リック・ディアスよりも高度なムーバブルフレームと12基の姿勢制御バーニアに加え、バックパックのバインダーによるAMBACの向上により高い運動性を誇る。このバインダーはΖプラスシリーズにも継承されている。百式のバックパックは任意に着脱が可能であり、『機動戦士ガンダムΖΖ』第39話では、バインダーごとバックパックを敵機に向けて射出し、相手の意表をついたこともある。
デュアルアイ
ガンダムタイプのMSではあるが、デュアルカメラアイを持たないと記載される資料もある。曰く、代わりにImage Directive Encode (IDE) システム(画像管理型符号化装置)と呼ばれるセンサーを採用しており、精密照準時などには赤く発光する走査パターンが見られる、というものである。しかし、TV 版『機動戦士Ζガンダム』のキュベレイによってカメラシールドが破損させられた場面や、劇場版第一部『機動戦士Ζガンダム A New Translation -星を継ぐ者-』などにはデュアルアイが描かれた場面が存在する。
ピーキーな調整
百式はクワトロ専用機として配備されることを前提としていたため、彼の技量に合わせたピーキーな調整が施され、機体性能を100%引き出すには極めて繊細な操縦技術が必要とされた。『ガンダムMSグラフィカ』では、同一機体であってもクワトロ大尉が搭乗した仕様と第一次ネオ・ジオン抗争に投入された仕様が存在したとされている。後者は開発主任M・ナガノ博士が後者の仕様に関わっていないこともあり、対ビーム・コーティングの皮膜剤の性能低下やピーキーな操縦性の見直しなど、幾分デチューンされ性能が落ちたとの記述もある。
派手な金色のビームコーティングに関しては、ナガノ博士の強い要望にパイロットであるクワトロ本人が理解を示したことで実施されたという。百式はグリプス戦役終盤に大破するものの、第一次ネオ・ジオン抗争時に再配備され、ガンダム・チームの一角を担っている。

開発経緯

当初は可変MS「デルタガンダム」として設計されていたが、変形時のバインダーの耐久性と駆動部のストレス[要出典]、ムーバブルフレームの強度の問題が解決できず[2]、可変機としての開発は一度断念された。その際の型式番号はMSN-001X1である。その後ガンダムMk-IIのムーバブルフレームのデータを受けて開発が再度進んだものの[3]、可変より先述の姿勢制御能力を優先したために設計を造り直し、最終的に非変形の攻撃型MS百式として完成している。可変機として完成させることも可能であったという。可変機として設計された名残として、バックパックにフレキシブル・バインダーが装備されている。これはリック・ディアスのバインダーを改良したものであり、それ自体が可動肢として作動することで、機体の運動性を向上させている。後に開発されたΖプラスA1型にも同様のウイング・バインダーが採用され、その有用性が伺える。当初の目標であったデルタガンダムは、0090年代にデルタプラスとして再設計され、百式系列唯一の可変機として開発に成功している。

武装

固定武装として頭部に60mmバルカン砲を2門、腰部にビームサーベル(出力0.4MW)を2基装備している。携行武装としては主にビームライフル(標準出力2.8MW)や300mmクレイバズーカを用いた。これらの武装はエゥーゴのMSで統一されており、リック・ディアスやネモディジェなどと共通の規格である。

メガ・バズーカ・ランチャー
百式の特徴的な武装としてメガ・バズーカ・ランチャーがある。これは機体とほぼ同じ全長のメガ粒子砲であり、それ自体にもスラスターが設置されている。
クワトロの要請などにより必要に応じてアーガマのカタパルトデッキから巡航形態で射出され、射撃の際には砲身と左足を掛けるステップアームが伸び、左右の手を掛ける部分が開き、百式本体に固定されて射撃形態をとる。
劇中では、百式の発進後にこのメガ・バズーカ・ランチャーが射出されると百式がステップアーム部分に手を掛け、発射時までこれを担ぐようにして戦いに赴くシーンが多かった。小説版ではこのランチャーの推力と百式の推力を合わせることでΖガンダムの推力と同等になるとされる。一撃で艦船や巨大建造物を消滅させる程の圧倒的な出力を誇る反面、発射に必要なエネルギーをチャージするのに時間がかかる上、莫大なエネルギーを必要とし随伴機(レストアされたゲルググ)による再チャージを用いても連射が不可能という極端に扱いが難しい兵器だった。ただし劇場版ではメタスと連結させることで数回発射している。
最終決戦ではアクシズ軍先陣のガザC部隊を一撃で全滅に追い込んだ。この攻撃でジオン熟練将兵を壊滅状態にしたことが、第一次ネオ・ジオン抗争でのネオ・ジオンの活動に多大な影響を与えた。しかし、ガザC部隊を全滅させた直後に、本兵装はハマーン・カーンによって破壊された。第一次ネオ・ジオン抗争では再び百式が実戦投入されたものの、本兵装の登場はなかった。
なお、本兵装は作中宇宙空間でのみ使用され、大気圏内・地上での登場シーンはない。

劇中での活躍

『機動戦士Ζガンダム』第9話から、クワトロ・バジーナ大尉の新しい乗機として登場。クワトロ(=シャア・アズナブル)専用機中唯一のガンダムタイプMSでもある。

機体の高い能力と、エース級の腕を持つクワトロの操縦センスもあり、アーガマの主力として活躍する。ギャプランアッシマーなど、次々と投入されるティターンズの新型機に押されることもあったが、同じくエゥーゴのエースであるカミーユ・ビダンの操縦するガンダムMk-IIやΖガンダムなどと連携してこれらを退け、グリプス戦役を戦い抜く。最終決戦では、メールシュトローム作戦の際にメガ・バズーカ・ランチャーでキュベレイに追従していたアクシズのガザC部隊を殲滅後、パプテマス・シロッコジ・Oやハマーン・カーンのニュータイプ専用機キュベレイと交戦する。機体性能で圧倒的に上回る両機を相手にしながらも粘り強い戦いで、コロニーレーザーの防衛に成功する。最終的にはキュベレイとの戦闘中に機体が大破してしまうものの、周囲へ展開されたファンネルによる至近距離からの攻撃をすべて回避するなどの離れ業を見せ、その基本性能の高さを示すこととなった。TV版のラストシーンでは大破した百式がコクピットのハッチを開いた状態で宇宙を漂流しているカットが映し出され、その最後を飾る。

『機動戦士ガンダムΖΖ』では、戦力不足のアーガマへ再び配備された。この機体は後のネェル・アーガマ艦長代理ビーチャ・オーレグがメインパイロットを務め、ガンダム・チームの一翼を担って第一次ネオ・ジオン抗争を戦い抜いた。すでに型落ちの機体ではあったが、ジュドー・アーシタが搭乗した際にはオウギュスト・ギダンの率いるドライセン部隊を退けるなど、ネオ・ジオンの新型MSとも互角に戦う。最終決戦時にはネェル・アーガマの防衛に就き、無傷で終戦を迎えている。

機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』の小説版『ハイ・ストリーマー』では、第一次ネオ・ジオン抗争終戦後に地球連邦政府が他のガンダムシリーズと共にどこかへ秘匿したと設定されている。そのため、アムロ・レイブライト・ノアへΖガンダムや百式をロンド・ベルの主力装備として望むも入手できないことを嘆く描写があり、このことがアムロ専用機νガンダムの建造へ至る遠因となる。

デザイン

もともと藤田一巳ネモをベースとした百式を考えていたが、監督の富野由悠季が「これをクリンナップして使ってくれ」と永野護の描いたラフを手渡したため、永野のデザインを基にした現在の百式となった。永野によると「完成した百式のデザインは100%藤田君のもの」とのこと[4]。しかしながら「M・ナガノ博士」の設定にも見られるように永野がデザインにかかわった事がクローズアップされる傾向にある。「M・ナガノ博士」の設定は当時永野の描いた漫画を売り込みたかった角川書店の創作で、角川書店の出版物から使われ始めた。実際に永野が描いたのは百式の基になったMSのラフ(新ガンダム案)だけで、百式という名称も金色のボディカラーも富野によるアイデアである。永野のラフは「月刊アニメック1985年10月号」に掲載されている。学研ムック「機動戦士ゼータガンダム完全収録」にもよく似たMSのラフが載っているがこちらは背中のバインダーが無く、シールドを装備していたりで、多少印象が異なる。

肩の漢字については元のデザイン画にはなかったが、スポンサーとの打ち合わせの際、口頭で説明しながら富野が描き入れたものである[5]

全身金色の機体というコンセプトは、当時サンライズで赤の塗料が大量に余っていたためガルバルディβマラサイといった敵側の量産型MSが赤系に設定され、またリック・ディアスの色彩をすべてクワトロ機と同じにすることになったことで、赤の優越性が薄らいだため、赤よりも目立つ色を、ということで設定されたものである。

なお、講談社刊小説版『Ζ』単行本第2巻の表紙には、永野デザインによる別の百式が描かれている(ジオン軍風の角があり、カラフルな色彩に彩られるほか、肩には「100」のアラビア数字が書かれている)ほか、『月刊ニュータイプ』誌1993年12月号にも「タイプ100」として全く別の機体が永野によって描き下ろされている(大日本帝国海軍の艦上戦闘機、「零戦21型」を模した明灰白色と黄橙色に彩られ、メガ粒子砲とプルトンドライブ・エンジンを搭載したジオン軍連隊長機との設定)。

ゲーム『機動戦士ガンダム エゥーゴVSティターンズ』『機動戦士ガンダム ガンダムVSΖガンダム』におけるティターンズ(ジオン・アクシズ)カラーやゲーム『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』における2Pカラーの百式はシャア専用を髣髴とさせる赤色となっている。また、ゲーム『サンライズ英雄譚2』では赤色に塗装したシャア・アズナブル専用機が登場した。

  • 出来事・・・・・・

    1597年 - (慶長2年5月4日) - 伏見城の天守閣が完成し豊臣秀吉・秀頼らが移る。
  • 1814年 - アメリカ合衆国がイギリスに宣戦布告、米英戦争勃発。
  • 1815年 - ワーテルローの戦い 。
  • 1897年 - 京都帝国大学創設・神奈川県中学校(現在の神奈川県立希望ヶ丘高等学校)創設 。
  • 1940年 - イギリスに亡命したシャルル・ド・ゴールがラジオを通じてナチス・ドイツへの徹底抗戦を呼びかける。
  • 1945年 - ひめゆり学徒隊に解散命令。
  • 1953年 - アメリカ空軍のC-124輸送機が東京都小平市に墜落、129名の死者を出す。
  • 1979年 - アメリカとソ連によりSALT II(第二次戦略兵器制限条約)が調印される。
  • 1985年 - 豊田商事会長の永野一男がマスコミが取り囲む自宅マンションで刺殺される。
  • 1985年 - 神戸市営地下鉄西神・山手線の名谷駅~学園都市駅と大倉山駅~新神戸駅間が開業。
  • 1989年 - ビルマの軍事政権が同国の国号をミャンマーに改称。
  • 2004年 - 読売巨人軍の清原和博が神宮球場での対ヤクルト戦で、通算2000本安打を達成。
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    Wikipedia『賤ヶ嶽大合戦の図』 


    1583年6月14日(天正11年4月24日)のこの日、戦国時代の武将、柴田勝家が秀吉との賤ヶ岳(しずがたけ)の戦いで敗れ、福井の北庄城で妻のお市と共に自害しました。
    織田信長の筆頭家老で、宿老ともいわれた柴田勝家ですが、
    この筆頭家老という縛りが、柴田勝家を追い込んでしまったのではないかと思います。

    450px-Fukui-C-3156.jpg
    Wikipedia『柴田勝家像』 

    信長がまだ尾張を統一する前から織田家の重臣だった勝家にとって、
    身分の卑しい新参者の秀吉に主導権をとられるのは我慢ならなかったのでしょう。
    信長亡き後の織田家は自分が支える、という強い自負があったと思います。

    しかし、信長という強い光があってこそ、輝いていた勝家は、信長死後、急激に力を伸ばし始めた秀吉に負けていきます。

    天下布武という強烈な強いビジョンを持った信長と、それに代わって天下を捕るという秀吉にくらべ、織田家を守る筆頭家老のビジョンしか持たなかった勝家の差が出てしまったのではないかと思います。

    Oichinokata.jpg
    Wikipedia『お市の方』肖像画 


    また信長の妹であるお市も、政略結婚とはいえ、夫婦仲のよいと評判だった最初の夫である浅井長政を兄信長に殺され、その兄も家臣の明智光秀に殺され、再婚したばかりの夫も今また、殺されようとしている・・。そんな戦国の世に疲れたのか、
    これ以上振り回されるのに嫌気が差したのか、勝家とともに自害をすることを決意します。
    しかし、子供達は不憫です。秀吉の庇護の申し出を受け、茶々ら三人の娘は逃がされて秀吉の保護を受けますが、この茶々が後の淀君となり、豊臣家滅亡の要因となるのは後の世の話になります。

    勝家とお市。信長の死によって大きく運命が変わってしまった2人でした。