指示を出す際、よく、伝言ゲームはよくない、と言われている。


実際の作業者に指示が届くまでに、その内容が変化してしまう可能性があるからだ。



しかし、そうは言っても、組織が大きくなるにつれて、


伝言ゲームをせざるを得なくなる。



その状態において、


どうすれば確実に指示を伝えることができるのか。



現状を観察してみると、


伝達系統が明確になっていないために、


指示がぼやけていっているように思える。



伝達系統を明確に、


即ち、担当業務を明確にすること。


それがスムーズな伝言ゲームのポイントだろう。



担当業務が曖昧なとき、


指示を受けるものすべてが、それをぼんやりと聞く。


自分なりにそれを解釈し、下位の者に伝える。


しかも複数の者が、それぞれの解釈の指示を主張する。


この連鎖によって、細かい部分で食い違う指示が乱立することになり、


作業実務者が混乱することとなる。



もちろん、少数精鋭と言われる、少数凡庸の時代のため、


全ての人材に、業務全部を理解させようとする管理者の気持ちは分かる。


担当を細分化すると、


その担当者が不在の時に、


何も対応が取れない状態になってしまうからだ。



だがそれは、次のステップに行うべきことだろう。


ひとまずは担当を再分化し、


その担当者がいないときには、その業務について動けない状態にする。



大まかな業務担当は管理職が設定するが、


実際に行わなければならない細かい業務は、担当者自身に完全に把握させる。


その上で該担当者が行うべき業務、関連する業務担当のリストを作成させる。


もちろんその際のフォーマットは管理職が提供しなければならない。



各担当者から得られたリストを用いて連絡網を形成するのも、


管理職の仕事だ。



関連性が重要となるため、


リストの作成はアクセスなどのデータベースソフトの方がよい。



簡単な事のように思えるが、


細かい業務を整理するのは難しい。


おそらく、各担当者からあがってきたリストの中には重複する業務があるだろう。


重複させたままだと、そこから曖昧な管理が広がってゆく。


そういう要素は徹底的に除かなければならない。



まずはそこからスタートさせる。



この段階で決定した各担当者には、


該当業務に関して徹底的なマニュアルを作成させる。


特に、トラブルシューティングに関するものを優先させる。


このフォーマットも管理職が作成しておく必要がある。


各マニュアルは一箇所に集め、改訂について、各担当者が逐一把握できる状況にしておかなければならない。



完全に単純化した、2次元の指示系統が出来上がると、


次はこれを3次元にする段階に移る。


このレベルに至り、重複する業務を発生させる。


その割り振りは管理職が行った方がいいだろう。


リストは先のものと別にするとよい。


担当者ごとに、「担当業務」と「補助業務」を明確にさせるためだ。



担当者不在の際のトラブルについては、


補助業務にそれを割り当てられているものが、


担当者が作成したマニュアルに従って対処を行う。


そこに書かれていないことは、行ってはならない。


トップの者でもマニュアルを超えた指示は本来出すべきではなく、


出す際には相応の覚悟もち、出来る限り早く、担当者にそれを伝えなければならない。



基本的には、連絡網を単純に捉え、担当者に向けて指示を繋げていくことを徹底することが重要だ。



「融通が利かない。」といったような印象を持たれるかもしれないが、


管理とは、単純化すればするほど、更なるカスタマイズが可能になると思う。



人にはプライドという厄介なものがある。
人を管理をする仕事の上では、
非常に邪魔なものだ。


管理職は、
負けず嫌いになってはならない。
なぜなら、
一人で仕事をしているわけでは、
ないからだ。


当然他者との意見の食い違いは必ず起こる。
その際、意地でも自分の意見を貫くというやり方は、
部下を統括するものとして、
ふさわしくなく、
効率的でない。


あくまで実行するのは部下であり、
自分はそれらを操るという立場を明確にさせておかなければならない。


自分の意見も、
自分の中に存在する「部下としての自分」が主張していると捉えなければならない。
その意見も含め、部下らが出した意見を比較し、
冷静に、
最適なものを選ばなければならない。


実行者、つまり部下としての自分と、管理者としての自分を混同する状態は、
企業と政治家の癒着のような状態であり、
効率の悪い独裁となってしまう。


もちろん、自分の実行力を信頼することは大事だ。
自分ならこうするという意見を主張するのも、
部下を指導する上で大切だろう。
しかし、あくまでも、
意見の一つとして認識しておくべきなのだ。


まちがっても、


「つべこべ言わず、言われたことをやれ。」


などと言うべきではない。


そうではなく、
何故こうしなければならないのか、
何故相手の意見を否定しているのか、
を示すべきだ。


その上で、管理者としての自分に、
責任を持って判断を下させなければならない。
たとえどちらの意見を採用したとしても、
責任だけは放棄してはならない。


では自分と相手、
どちらの意見を用いたとしても、
同様な効果が得られると予想される場合、
もしくはどちらかの有用性を判断しかねた場合はどうするか。


その場合は、仕事上の直接的な効果のみならず、
自分・相手に与える印象や、今後など、
間接的な効果にも判断材料を広げ、決定する。


と、言っても難しく考える必要はなく、
どちらが損か、
で判断すればよい。


特に、負けず嫌いな部下と対峙したとき、
管理職の冷静な判断力が問われる。


部下と同様に冷静さを欠き、
言い争うだけでは、管理職として無能なだけでなく、
部下を調子付かせる要因にすらなる。


どちらがより得か。
どちらがより損か。


その単純な判断に、
自分の、これまでの経験をつぎ込み、
会社から認められた主観を用いるべきだ。


自分を守るためなんかに、
その能力を無駄に乱用するのは、
愚かなことであり、
給料泥棒と言われる行為だ。


冷静さを欠かない方法は、
いろいろある。


私の場合は、
相手の目を見ないこと。
視線をずらすほどではないが、
焦点をずらしている。
相手と自分をモニタ越しに眺めているような感覚で、
客観的な判断力を保つことが出来る。


声のトーンも落とし、ゆっくり話す。
実際、人と会話するときには、
話すスピードが遅い方が主導権を握る。


相手がいらいらして早口で話したとしても、
それにつられてペースを崩すようでは集中力が足りない。


しっかり考えて発言し、
相手にも考えさせるペースに調整する。


管理職は、
管理することが仕事なんだから、
こういった能力は、
最低限必要な技能だと思う。


教育の効率性向上は、非常に難しい問題だ。
と、とらわれがちだ。


しかしそれは、
整理整頓されてないからであって、
複雑に感情が絡んでいるせいだと思う。


人は、自分が苦労した分だけ、
他の人にも苦労を要求したくなる生き物だ。


自分はこれを必死で考えて編み出した。
だからお前も自分で考えて編み出してみろ。
という気持ちになるのが素直なところだろう。
それこそが教育だと勘違いされている人も多い。


教育の先にたどり着く目標が、
教育者自体ならばそれでもよい。
小学校レベルならばそうかもしれない。


だが、進化を続ける仕事のフィールドとなると、
それでは足りない。


上司と同じ時間をかけて上司と同じレベルになったとしても、
全然足りないし、
それでは何も進歩がない。


皆が皆、1からスタートしていたのでは、
よっぽど優秀な人がいたとしても、
ゴール地点はそう変わらないのだ。


人々の限られた寿命の中で、
効率よく仕事を先に進めるためには、
前の世代の人を踏み台にして、
途中からスタートしなければならない。


人を教育する立場の人間は、
自分が目標になっているなどと勘違いしてはならないのだ。


自分が必死で編み出した技術を、
次の世代に無償で渡さなければならない。


それじゃぁ考える能力がなくなると、
誤解される人もいるだろう。


しかし、それは教育する側の驕りだ。
自分が完璧でない以上、
自分の持ちうる技術を全て譲っても、
すぐにその先の課題が立ちはだかるからであり、
これこそが「途中からスタートする」という意味だ。


考えさせる教育は、
そこからスタートさせればよいし、
実践はもっとも効率的な教材だ。


その上で管理職の仕事は、
部下が技術習得に用いる「踏み台」を整えておくことにある。


ただ単に教科書を並べておくだけでは意味がない。
ある程度現在用いる技術内容が分かっているはずであるから、
どこをどう見ればよいか、を示しておかなければならない。


これは、これまで自分も含めて数々の人が残したレポートの出来にかかっている。
そしてそれらが体系的に整頓されているかどうかが重要だ。
レポートとして通常残さない「小技」や「ノウハウ」の数々も、
成文化して残しておくことが望ましいが、
自分も含めた人材そのものをレポートの代わりとする場合もあるだろ。


さらに管理者は、この膨大な資料の中から、
仕事を先に進めるために必要なものを選択し、
部下が習得しやすいように並べておかなければならない。


したがって、
全資料のリストを作成する際、
カテゴリとして、
何の担当の人が学ぶべき資料か、
教育上の重要度、
というタグをつけておくことが好ましい。
すぐにソートできるようにするためだ。


ここまでフォーマットを作っておけば、
教育に関して管理職が多大な労力を裂くということはなくなり、
部内全体の効率も上がる。


もちろんこのように整理整頓されていない状態では、
まず、その体系作りに非常に多くの時間を裂くことになるだろうが、
それはこれまで管理を怠ってきた代償であり、
そのような状態で、


「自分で考えろ。」


などと言う様では、
管理者の怠慢を正当化しているようなものだ。


もちろん部下の教育よりも、
自分の仕事を優先させなければならない状況は多々ある。
しかしそのような場合においても、
教育できることに関しては、
部下に一人でやらせるべきではなく、


「後で教育するから、先にこちらの仕事をして欲しい。」


と、保留させるのがよい。


部下一人にノロノロ考えさせておくよりも、
ずっと効率的に仕事は進む。

複数の仕事を任せることは、多々ある。
しかしどんなに小さな仕事でも、
優先順位は必ずあることを心得ておかなければならない。


同時進行しているように見えても、
実際の細かな作業を見ていくと、
必ずどれかを優先させている。
その方が効率的だからだ。


例えば待ち時間が生じる仕事を3つ担当させている場合、
従事者はその待ち時間を無駄にしないように、
待ち時間に到達するたびに残り2つの仕事の内、一方を選択し、
先に従事していた仕事の待ち時間が終わるか、
再び待ち時間に到達するまでそれを続ける。
再び待ち時間に到達した場合には、残り一つの仕事を開始する。


一見すると、3つの仕事は同時に進行している。
結果的に3つの仕事が同時に終わる場合もありうる。


仕事を命令した側としては、
3つの仕事に優先順位1を付けたのと同じだ。
しかしそれを誤解してはならない。

従事者は必ず優先順位をつけている。


優先順位が混沌としていると、
次に何をすべきか、考えなければならない。
与える仕事が多くなればなるほど、
その判断は複雑になり、
本来の仕事よりもその判断に労力を裂くことになる。


したがって仕事の指示を複数出す際、
冗談でも、「どれも優先だ。」などと言ってはならない。
仕事内容を聞く体勢になっている部下は、
どんな言葉でも真面目に受け取るし、
判断に迷えと言ってるようなものだからだ。


命令を出す側はそれを口にするだけだが、
それを実行するものは、
それを形にするために、
ひとつひとつ、段取りして、
ひとつひとつ、配慮して、
脳と体を動かしている。
それを忘れてはならない。


無責任な発言ほど、
管理能力の低さを表すものはない。


もちろん優先順位をこと細かく指示する必要はないが、
管理する側として、
どんなに小さな命令にも、
優先順位があることを認識しておかなければならず、
それを「納期」という形で指示と同時に与えるのが好ましい。


当たり前のことのように見えるが、
これを徹底することは、意外に難しい。


急いでいる仕事では、
ついつい「すぐに。」と言いがちになってしまう。


これではだめだ。
たとえ他の業務を全て中断して、
これに専念しろという場合においても、
「他の業務を全て中断して、○○時までにやって欲しい。」
と言わなければならず、
必ず次のことを確認しなければならない。


「今の業務はすぐに中断できるか?」


打ち合わせの予定を断らなければならなかったり、
作業をすぐに中断して設備を停止させると、
この1週間が無駄になるといった場合は多々あり、
すぐに業務を切り替えられるとは限らないからだ。


これは部下に気を使うとかいうことではない。
部内の仕事の管理を行えるかどうかということであり、
返答次第によっては別の人間に仕事を回すことを検討しなければならない。


もちろん最初から部下の仕事内容を把握しておくことがベストであるが、
把握しているつもりになって、
何も調べずに仕事を任すのはセンスがない。


この確認作業を1クッション置くことで、
部下も冷静に判断することができる。


実際、どんなに急ぐ仕事でも、
その3分が影響するような仕事はそうそうない。
逆にそのような仕事なら、部下に任せるべきではないし、
充分な申し送りもできずに、
うまくいかないケースが多い。


もちろん、過去に何度も任せたことのある仕事であり、
常時それを優先させる体勢を取らせている管理状態においては、
目配せだけでも大丈夫だろう。
全ての仕事について、そういった管理体制を敷くことができれば理想であるが、
多くの職場では、
同じ仕事ばかりではなく、無理にそうしようとすれば、
管理を誤ることに繋がる。


逆に急がない仕事も納期を決めにくい。
しかしそのような場合でも、
たとえ後で納期を変更するにしても、
設定しておくべきである。


口にすると忘れてしまう場合には、
簡単な「指示書」を作っておくとよい。
項目は「仕事」と「納期」だけで充分だ。
書くのが苦にならないように、項目はなるべく少ない方がいい。
また、指示記録を残すため、
メールや電子媒体を利用する方がいい。


納期決定はむしろ、自分にとっても、
管理のしやすさに繋がる。
部下一人一人について業務管理シートを作成し、
仕事内容、納期を書いておくだけでも、
部下の状況を把握する助けになる。
やはり一人一人の仕事内容を覚えておくことは難しいし、
考えて思い出すような判断の遅さは、
管理職として相応しくなく、
忘れてしまうのは論外である。


指示を出す際の状況確認
納期設定
業務管理シートの作成
どれも簡単なことのように思えるが、
徹底することは非常に難しい。
徹底できなければ、
全くできていないのと同じだ。
いかにやりやすく、
フォーマットを作っておくことが鍵となる。


このフォーマットは管理職のものを作成するだけでは足りない。
この方式だと部下は指示を受ける際、
自分の仕事状況を即答しなければならず、
納期を意識して仕事しなければならず、
指示書を用いる場合はそれを生理整頓しなければならない。
そのため、
部下が利用する業務状況シート、
指示書ファイルも用意するのが好ましい。
別に凝ったものである必要はなく、
項目も最低限でよい。


しかし、あるのとないのとでは雲泥の差だ。
こういう小技の数をどれだけ知っているかが、
管理職の能力を決める。

そしてそれらの多くは、
自ら見出すものではなく、
他から盗むものであって良いと思う。


後述する通り、
これまでの管理職の方たちが編み出してきたことを無視して、
1から自分流をスタートさせるようでは、
猿未満だ。

人を管理することは難しい。
それは管理する側になった時、分かる。

管理される側の理由を忘れてしまうからだ。

しかたのないことだと思う。


自転車に何故乗れなかったのかなんて、

乗れる今となっては分からない。


だが何かを管理するためには、

先ずそれを知らなければならない。

部下を管理する場合には、当然部下を知らなければならない。

では、部下を知るためにはどうすればよいか。

もっとも理解が深まる教育は実践、

つまり、自分が部下になること、

すなわち、部下であった自分を覚えておくことだ。


部下であるうちに、

上司の挙動言動一つ一つを観察し、

そのとき自分がどういう印象を受けたか、

仕事の効率はよいか、

判断し、それを残す。


とかく人は揚げ足を取るのがうまい生き物だ。

立場が違うからこそ、

こういった判断は行いやすい。

今だからこそ、

行っておかなければならない。


もちろん人それぞれ感じ方は違うし、

独りよがりになるべきではないが、

一つの記録として、

きっと後の役に立つ。