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Palu

自己満で自伝を書きます。

18年間で乳児院、児童養護施設、児童自立支援施設で生活してます。

大学四年生。4月から児童養護施設に就職。

1992年11月04日。
わたしは生まれました。

周りはどんな気持ちだったんかな。
私ちゃんと祝福されてたんかな。
お母さんは、どんな気持ちで生んでくれた?

22歳現在の私の願い事ってね
『1度だけでいい、1時間だけでいい。父と母と3人揃って笑ってご飯を食べてみたいです』

別に笑われていい。周りは当たり前なことかもしれん。

もう一生叶わない願い事を私は今でも時々考える

小学校低学年の七夕で書いた願い事は
『お父さんとお母さんが早く迎えにきて私を引き取ってくれますように』
幼かった私の純粋な願い事だったんだろうね

施設での職員からの暴力、上からのイジメ。
こんなとこから早く出して。必死に願ってた時期だ。

だけど施設を卒業する際には
『兄さん!姉さん!お世話になりました!施設で本当によかった‼︎』
笑って退所しました。

虐待されてた施設ではなく、温かい施設で。

18年間で5つの施設移動があり心が冷めて荒れてた私もいろんな職員との出会いで変わっていきました。

高校卒業の際にはお世話になった施設全部に頭下げに行きました。

『施設卒業しても絶対施設に戻ってくる!今度は職員としてね♪』

四年めの今、『児童養護施設に就職決まりました』また5つの施設に報告することができました。

大学生になってからもたくさん苦労はした。たくさん周りから潰された。
もちろん辞めようとした時もあった。
だけど私の支えはお世話になった職員みんなの悲しむ顔を想像したら

立ち上がらなきゃ。弱いなりに毎回考えました。笑

この話は施設出身の皆様、施設をあまり知らない方には見てほしい。

私たちは可哀想じゃないよ
愛されてない子どもでもないよ
ただ帰る家がちょっと面白かっただけ。

下手くそなりに書いていきますのでよろしくお願いしますm(__)m