日本に帰国して約2か月半。

 

東京での新生活も少しずつ慣れてきました。

 

渡米前は名古屋に住んでいたので東京は初めて。

 

よく聞く地名がこんなに近くにあるなんて、となんだか不思議な感じ。

 

 

食べ物はおいしいし安いし、空気もきれい(な気がする)だし、何でもかんでも日本語表示でコミュニケーションは日本語だし…最高!!

 

ただニューヨーカーのフランクな感じに慣れてしまっていたのか、なんだかちょっと寂しい感じ。

 

もちろんお友達が少ないこともあるんだろうけれど、なんというか…

 

街を歩いていてもNYのときほど会話をすることもなく(もちろん英語はよくわかんなかったのでよくわかんない会話だったけど)、誰とも目も合うことがない。

 

スーパーやレストラン、信号待ちで話かけられることもないし、こちらから話しかけるような雰囲気でもない(笑)

 

電車では席を譲ってもらえることは少なく、声をかけられることすらなければ、少しずれてくれることも少ない。

 

こんなことを言ったら”子連れ様”だといわれるんだろうか。

 

私はまだ足腰しっかりしてるから電車やバスに乗ったらすぐに座りたい、ともなんでどかないんだ馬鹿野郎~!とも、まったく思わないけど。

 

妊婦さんはこんな社会、大変なんじゃないかな。

 

きっとこういうことも少子化の原因なんだと思う。

 

NYにいたのは2年半だけだったけどいろんな面で影響は強く、思いやりややさしさに関しては自分の中で大きく意識が変わった。

 

レディファストがあったり、”弱き者には慈悲を”みたいな志向が強いように感じたからかな。

 

もともと人にやさしく、という思いを大事にしたいと思っていたけれどその思いはさらに増したし、いいことをするのに羞恥心はとても不要なものだと思うようになった。

 

世の中には”偽善”という言葉があるけど、それによって誰かが傷つくことなく、ほかのだれかがちょっとした幸せを感じて、自分にありがとうの言葉でプチ幸せが訪れたらとっても素敵なことなんじゃないかと思う。

 

20代前半のころ、通勤時に地下鉄のホームに降りようとしていたら、おばあさんが重そうな荷物を持って長い階段を片足で一段ずつ休憩しながら降りているのを見て手伝いたいけど勇気がなくて迷っていていちどそのまま通り過ぎたんだけどやっぱり大変そうで戻って結局お話ししながら一緒に降りていった、なんてことがあったんだけど。

 

今思うと何の勇気が必要だったんだろうか?と不思議でたまらない。

 

私はヘタレな部分が多いし、鈍感だし、人の気持ちを理解できてないことも多々あるんだけど。

 

NYで学んだ羞恥心の不要性はたいせつにしたいな、と思った。

 

 

最近寒くて家の中にいても冷えるのかすぐにおなかが痛くなるわ。

 

NYのセントラルヒーティングのある環境がすごく恋しい。