東京は便利ですが、難しいよねー。
昨日は、約1ヶ月に渡り、レクチャーのお手伝いさせていただいた浅草パフォーマンスプレイス主催のスタチューWS
の生徒さんの
お披露目
を兼ねた、フェスティバルです。
の生徒さんの私も少し出演しました。

少年像
今回のWS、イベントではとにかく一度自由にやってもらって、参加者にも一般(お客様)にも興味を持ってもらい、認知度を上げるというのが目的でした。
だから、参加費についてもほとんど無料。
おかげさまで、良い反応が得られました。
本当に自由で、面白い作品がたくさん六区ブロードウェイにあふれました

イベントとしては大成功ではないでしょうか

APP、パフォーマー、WS生、お客さま、
そしておてんとうさま
に感謝です‼︎
に感謝です‼︎特に決まった型もなく、流派もないからやぶっちゃいけないルールもない、スタチューパフォーマンスの世界

基本的には鍛えられた身体表現として静止、ポージングをみせる。生きた人間なのか人形や作り物かわからないというトリッキーな演出を楽しむ芸だと思います。
パフォーマンスとして制限はなくても、これが「リビングスタチュー」だと世に認識されると少々語弊があるのではないかな?という危機感も感じていたりします。
時にはキャッチーな飛び道具もいいけれど、本当はスタンダードなものがまず広がって欲しいというのが、その芸への愛と尊厳ではないかしら。
最近、私も活動の一つにしている、「
バーレスクダンス
」これも似たような状況があって。
バーレスクダンス
」これも似たような状況があって。例のアギレラの映画
が宣伝効果もあり認知度が高まったけど、あれはセクシーなヒップホップやシアタージャズであって、肝心な
ティージング
(焦らしながら脱ぐ)というのがスポン
と抜け落ちているので、期待して鑑賞した私は、「あれ?
」っと肩透かしにあったような気分でした。
が宣伝効果もあり認知度が高まったけど、あれはセクシーなヒップホップやシアタージャズであって、肝心な
ティージング
(焦らしながら脱ぐ)というのがスポン
」っと肩透かしにあったような気分でした。いつも驚くのですが、まったく違うようで、日常でもパフォーマンスでもジャンルをまたいで繋がるものはたくさんあります。
それは「表現」=「生きる」ことに直接つながる真理では??と、思ったりもするのですが。
偽ったり、繕ったりせずに本人のそのままの輝きを出せた時が一番素敵だなぁ、と思います。
もちろん演出やキャラクター設定も必要ですが、その人本来の良さが完全に塗りつぶされてしまうと良くない。
その人だからこその面白さが見えないと。
スタチューならば、
ただ「止まる」
バーレスクならば、
ただ「脱ぐ」
という、
単純で一見誰にでもできるこの動き、
ショーとして、
自分として、
どう魅せるか。
お客さんと、音楽と、自分と、
一瞬一瞬が勝負で、
技術だけではなく、
実はとても集中力が必要です。
そして、
その集中力がライブパフォーマンスの魅力に繋がったりするのではないかなと思っています。
よく相方と
「立ってるだけで面白いクラウンになりたいね」
と、夢を語ります。
何かをするのではなく、
どう、するか。
どう、生きるか。
そんなところを目指しています。
昨日、
浅草で、ブタが一頭いました。
自分はブタ以下だと、反省。




★CandyColette★





など、











東京マイムフェス
劇場で観るパントマイム 東京マイムフェス2014




を飲んで、








ラッキー






