「恐怖に向き合おう。なぜならその先に真理があるから」
過去の偉人たちが記した書物には、
そんな素敵な言葉がちりばめられている。
きっとそれは真実だろう。
でも、本当にそう思えて、
自ら向き合えるほどのものなら、
それは本当の恐怖などではないかもしれない。
もしも断崖絶壁の淵で、
たった一本の枝にぶら下がり、
落ちれば命はひとたまりもないとして、
聖者に「その手を離してごらん、
そしたらあなたは悟れるよ」と言われたら、
私はその手を離せるだろうか。
おそらく、どれだけ説得されても、
どれだけ優しく諭されても、
その枝が折れ、完全に自分の力では
ぶら下がり続けることが出来なくなるまで
私は手を離すことが出来ないだろう。
しがみつき、命に執着し、
それでも崖から突き落とされる。
先に諦めることが出来るなら
もっと簡単かもしれないが、
諦めることは、しがみつくよりずっと難しい。
諦めたフリをしたって、
それは「諦めれば誰かが救ってくれるかも」
という奇跡を期待しているに過ぎず、
それは、心理的にはしがみつくことと
何も変わらず、諦めたことにはならない。
自分は弱い人間だ。
自分はダメな人間だ。
真理より、目の前の幸せが欲しい。
惨めにしがみつく自分と同じように
人を愛せるならば、
罪とは愛の始まりだ。
最後のその瞬間は、
私は感情に身を委ねると思ってた。
でも、逆だった。
誤解で人を恨み、憎しみの刃を隠そうともせず、
裏で人を貶めようとする人たちに、
以前は少なからず情愛を持っていた
(正確には、愛を持って接しようと努力していた)
自分が、つくづく悲しくなった。
でもそれは、感情という自分の
歪んだフィルターで世界を覗いていたから。
今こそ、真実以外の何ものにも
自分の目を曇らせることをさせるまいと思う。
はばたく瞬間は、それまでに抱えていた
全てに未練を残さず、
一瞬で捨てる覚悟を決めなければ、
大切な翼を痛めてしまう。
だから、一切の感情を挟まず、
ひと呼吸で、飛び立とう。
過去の何もかもに、思いを残さずに行こう。
それが私に出来る、最後の仕事だから。
全てを捨てて羽ばたくとき、
最後に残された翼には、
真実という愛しかないことを
思い出しながら。
私は感情に身を委ねると思ってた。
でも、逆だった。
誤解で人を恨み、憎しみの刃を隠そうともせず、
裏で人を貶めようとする人たちに、
以前は少なからず情愛を持っていた
(正確には、愛を持って接しようと努力していた)
自分が、つくづく悲しくなった。
でもそれは、感情という自分の
歪んだフィルターで世界を覗いていたから。
今こそ、真実以外の何ものにも
自分の目を曇らせることをさせるまいと思う。
はばたく瞬間は、それまでに抱えていた
全てに未練を残さず、
一瞬で捨てる覚悟を決めなければ、
大切な翼を痛めてしまう。
だから、一切の感情を挟まず、
ひと呼吸で、飛び立とう。
過去の何もかもに、思いを残さずに行こう。
それが私に出来る、最後の仕事だから。
全てを捨てて羽ばたくとき、
最後に残された翼には、
真実という愛しかないことを
思い出しながら。
今の会社で仕事をするようになってから、
毎日、本当に驚くぐらいに色々ある。
だけど、最近の“色々”は、ハンパじゃない。
今日もやるべき仕事が大量にあって、
のんびりしている暇は全くないのだけど、
やるべきことに手を付けようとしても
どうしてもタイピングの手が進まない。
こんなくだらないことをつらつら書けるほど
手が動くのだから、体力や能力に限界が
来ているのではないことは自覚している。
(当たり前か・・・)
だけど、こんな風に平気で(でもないけど)サボって
やるべきことをやらないのには理由がある。
どんな仕事もそうだと思うけど、
心に迷いや不安があったり、どこに軸を
置いて良いのか分からないときに
大事な仕事に手を付けると、
ちゃんとその心が文字に乗り、伝播し、
それを伝えるべきではない相手に伝わってしまう。
それが分かるから、今の精神状態のまま
重要な仕事に手を付けることが出来ないのだ。
でも、今の私が抱えている業務って、たまたま立場的に、
どれもこれも、会社の運営に大きな影響を及ぼす、
「重要なもの」ばっかりだったりする。
という訳で、このままではヤバい・・・
と感じつつ、サボタージュ。。。
少しの間だけ、許してくれるかな。
ちょっと遅めの夏休みってことで・・・笑
自分のことを業だらけの人間って、自覚してる。
人の業が見えるってことは、自分の業が映ってる、
ってことも、良く理解している(つもり)。
だけど、そんな理屈を全部分かってても、
これだけは許せない、って気持ちが湧き上がる。
そんな自分の情けなさやバカさ加減を自覚しつつ、
悟ることなんて出来ない、全然りっぱじゃない、
そんな自分もいとおしく思う。
だって、そんなダメな自分だから、
感情にもみくちゃにされる自分だから、
何かあればすぐ泣いて、何かあればすぐ怒り、
何かあればすぐ人を疑い、
何かあればすぐ人を信用してしまう、
そんな自分だから、
気づけることも、出来ることもある。
人から愛を与えてもらい、人を愛することが出来る。
この地上に命を与えられているんだろうと思う。
人は誰も、自分の現実を本当の意味で
他の人に理解してもらうことは出来ない。
私も人の現実を、誰一人本当の意味で
理解してあげることは出来ない。
私は以前、これをずっと淋しいことだと思ってた。
その事実を知識で知った時には、動揺し、
悲しく、受け入れ難い思いに駆られた。
だけど今は違う。
人は相手の現実が分からないから
相手を「思う」気持ちになれるんだ。
そこに「優しさ」や「思いやり」が
介入する余地ができるんだ。
そんな、人間臭い人間でいられるんだ。
そんな「人間」“あたし”を、あたしは大好きだ。
私はすぐに感情的になる。
感情に翻弄され、振り回されることは
決して良い結果を生まないことが多い。
だけど、感情を押し殺し、思いにフタをし、
本当は嫌なのに、そうじゃないフリをすると、
結果は良い方向になるかもしれないけれど、
私という人間が少しずつ死んで行く。
だから、時々、息継ぎするために、
感情に翻弄される自分を認めてあげていいかな。
ぐちゃぐちゃとした細かい感情に翻弄されず、
大いなる感情に身を任せられる自分になれるまで・・・
理性と感情が戦ったら、感情を選びたいと願う。
だけど現実は、理性を選ぶことがあまりに多い。
だから、今こそ、一番大事なことのために
「感情のジャッジ」を残しておこう、と思う。
毎日、本当に驚くぐらいに色々ある。
だけど、最近の“色々”は、ハンパじゃない。
今日もやるべき仕事が大量にあって、
のんびりしている暇は全くないのだけど、
やるべきことに手を付けようとしても
どうしてもタイピングの手が進まない。
こんなくだらないことをつらつら書けるほど
手が動くのだから、体力や能力に限界が
来ているのではないことは自覚している。
(当たり前か・・・)
だけど、こんな風に平気で(でもないけど)サボって
やるべきことをやらないのには理由がある。
どんな仕事もそうだと思うけど、
心に迷いや不安があったり、どこに軸を
置いて良いのか分からないときに
大事な仕事に手を付けると、
ちゃんとその心が文字に乗り、伝播し、
それを伝えるべきではない相手に伝わってしまう。
それが分かるから、今の精神状態のまま
重要な仕事に手を付けることが出来ないのだ。
でも、今の私が抱えている業務って、たまたま立場的に、
どれもこれも、会社の運営に大きな影響を及ぼす、
「重要なもの」ばっかりだったりする。
という訳で、このままではヤバい・・・
と感じつつ、サボタージュ。。。
少しの間だけ、許してくれるかな。
ちょっと遅めの夏休みってことで・・・笑
自分のことを業だらけの人間って、自覚してる。
人の業が見えるってことは、自分の業が映ってる、
ってことも、良く理解している(つもり)。
だけど、そんな理屈を全部分かってても、
これだけは許せない、って気持ちが湧き上がる。
そんな自分の情けなさやバカさ加減を自覚しつつ、
悟ることなんて出来ない、全然りっぱじゃない、
そんな自分もいとおしく思う。
だって、そんなダメな自分だから、
感情にもみくちゃにされる自分だから、
何かあればすぐ泣いて、何かあればすぐ怒り、
何かあればすぐ人を疑い、
何かあればすぐ人を信用してしまう、
そんな自分だから、
気づけることも、出来ることもある。
人から愛を与えてもらい、人を愛することが出来る。
この地上に命を与えられているんだろうと思う。
人は誰も、自分の現実を本当の意味で
他の人に理解してもらうことは出来ない。
私も人の現実を、誰一人本当の意味で
理解してあげることは出来ない。
私は以前、これをずっと淋しいことだと思ってた。
その事実を知識で知った時には、動揺し、
悲しく、受け入れ難い思いに駆られた。
だけど今は違う。
人は相手の現実が分からないから
相手を「思う」気持ちになれるんだ。
そこに「優しさ」や「思いやり」が
介入する余地ができるんだ。
そんな、人間臭い人間でいられるんだ。
そんな「人間」“あたし”を、あたしは大好きだ。
私はすぐに感情的になる。
感情に翻弄され、振り回されることは
決して良い結果を生まないことが多い。
だけど、感情を押し殺し、思いにフタをし、
本当は嫌なのに、そうじゃないフリをすると、
結果は良い方向になるかもしれないけれど、
私という人間が少しずつ死んで行く。
だから、時々、息継ぎするために、
感情に翻弄される自分を認めてあげていいかな。
ぐちゃぐちゃとした細かい感情に翻弄されず、
大いなる感情に身を任せられる自分になれるまで・・・
理性と感情が戦ったら、感情を選びたいと願う。
だけど現実は、理性を選ぶことがあまりに多い。
だから、今こそ、一番大事なことのために
「感情のジャッジ」を残しておこう、と思う。