つい最近、ある日本のミュージシャンが
共演しているライブをWOWOWでやっていて、
私自身はそんなに興味はなかったが、
友人が好きなバンドが出ていたので、
ダビングしてあげようと思い、
録画しつつ、何気に映像を見ていた。
いつも不思議に思うのだけど、
バンドをやっている人って、
なぜか楽譜を読めない人が多い。
私は幼い頃からクラシックに馴染みの深い
家庭環境だったので、楽譜を読めることは
音楽に携わるものにとって
当たり前だと思い込んでいた。
いや、もっと正確に言うと、
「楽譜も読めない人達が奏でる音楽なんて
音楽と呼べるようなものではない」
と、バンド人を下げずむ気持ちが
自分にあったことは否めない。
それは、自分の中にある強烈な価値観や
プライド、自己顕示欲の顕れだ。
心のどこかで、楽譜が読めて
クラシックを好む自分を
優位に立たせて満足しようとしていた。
正直、大して音楽のことなんて
分かってないくせに。
考えてみると、いつも私は、
自分がいかに人から評価されるか、
いかに人に認めてもらうか、
ということばかりに気を取られて、
この数十年を生きてきてしまった。
もう随分前に気付いていたことだが、
また改めて自分の嫌なところを
思い知った気分になった。
でも同時に、
すごく深い気付きがあったんだ。
そのライブを何気なく見ていたとき、
そこに出ていた複数のバンドの人達が、
本当に心の底から楽しそうに、
溢れるようなキラキラとした
美しいエネルギーを発して演奏していて、
それを聞いている観客達も同じように
そのエネルギーに呼応して同調している。
音楽が優れているかどうかなんで
どうでも良くて、その本当に魂で
音楽を楽しんでいる様子を見て、
ただただ、その姿に感動して、
そして、ハッと気がついたんだ。
そもそも音楽なんて、
楽譜があって出来あがったのではなく、
人々が音を楽しみ、奏で、
それを再現するための道具として
楽譜が出来たに過ぎないことを。
あまりに当たり前のことことに
今さら気がつくなんてバカみたいだけど、
それぐらい、私は形式やしきたりや、
伝統、人からの評価にこだわっていた。
楽譜なんて無くたって、
多少、音程を外しても演奏が下手でも、
そんなことは関係ない。
音楽は、音を楽しむものだから、
それこそが「音楽」なんだって。
自分の愚かさに毎日気付かされながら、
少しずつ、何かが氷解していくような、
最近はそんな日々を過ごしている。
この肉体の苦痛から解放されたいと
一体どれほど長く願っているだろう。
肉体の苦痛がなければ、どれだけ
心は軽く羽ばたけるのだろう。
それとも、心が重いから
体が苦痛を感じているのか。
とにかく体中が痛いのです。。。
一体どれほど長く願っているだろう。
肉体の苦痛がなければ、どれだけ
心は軽く羽ばたけるのだろう。
それとも、心が重いから
体が苦痛を感じているのか。
とにかく体中が痛いのです。。。
癒されるってなんだろう。
どういう状態?
誰でも心に大なり小なりの傷を抱えてる。
過去の小さな過ちや後悔の念。
忘れかけていた嫌な思い出。
目を向けたくなかった現実。
それらを忘れ去ることが癒しではない。
なぜなら、普段は忘れているように思えても、
心が一番弱っていて、
一番思い出したくない時に、
忘れていたはずのそれらの記憶が蘇るから。
そういう記憶を思い出しても
苦しくない状態が癒された状態?
プラス思考や言い聞かせで、
何とかそれを受け入れられるだけの
強い心を持てたとしても、
やっぱり、一番心が折れそうな時には
そんなものは全く通用しない。
もっと深い癒し・・・
いや、そもそも次元の違う何か、
全くこの発想の中にない状態が
本当の癒しなのではないか。
人はいつも、その何だか分からない状態を
探し求めているのではないか。
その癒しは悟りに等しい。
真の癒しの状態を言葉だけで
表現しきることは出来ないだろう。
それでも私は癒しを求めている。
どういう状態?
誰でも心に大なり小なりの傷を抱えてる。
過去の小さな過ちや後悔の念。
忘れかけていた嫌な思い出。
目を向けたくなかった現実。
それらを忘れ去ることが癒しではない。
なぜなら、普段は忘れているように思えても、
心が一番弱っていて、
一番思い出したくない時に、
忘れていたはずのそれらの記憶が蘇るから。
そういう記憶を思い出しても
苦しくない状態が癒された状態?
プラス思考や言い聞かせで、
何とかそれを受け入れられるだけの
強い心を持てたとしても、
やっぱり、一番心が折れそうな時には
そんなものは全く通用しない。
もっと深い癒し・・・
いや、そもそも次元の違う何か、
全くこの発想の中にない状態が
本当の癒しなのではないか。
人はいつも、その何だか分からない状態を
探し求めているのではないか。
その癒しは悟りに等しい。
真の癒しの状態を言葉だけで
表現しきることは出来ないだろう。
それでも私は癒しを求めている。