今日、自宅に置いてある自転車が盗難にあった。
昨日の夜、私が帰って来た時には確かにあったのに、
今日になって旦那が出かけようとしたら
私の自転車が無いという。
だけど、その話を聞いても、何となく
すぐに見つかるような気がしていた。
もっと正確に言うと、見つかるかどうかと
考えたというより、盗難に気がついても、
全く、不快な気分や不安な感覚が起きなかったのだ。
「ちょっと散歩がてらに駅前まで見に行ってみよう」
と気楽な感じで思い、仕事で話をしていた友人に
自転車が盗難にあったので出かける旨を告げると、
「すぐに警察に盗難届けを出した方がいい」
とアドバイスをもらった。
我が家の最寄りの交番は、
駅と正反対の方向にある。
どうしようかな……と一瞬迷ったが、
素直に友人の勧めに従って、駅に行く前に、
まずは、交番に盗難届を出すことにした。
家を出てほんの数百メートル。
途中で細い路地がいくつかある。
交番に行くための道は、何もその路地を
曲がらなくてもいいのだけれど、何となく、
「この路地に入ってみようかな…」
と、ふと思った。
自分で自分に、「何で?」
と疑問を投げかけつつ、
通り過ぎるのもなんなので、
気の向くままに路地を曲がる。。。
と、その路地のずっと先に、
私の自転車があった。
どう見ても私の自転車だし、
カギに付いたキーホルダーは
紛れもなく私のものだ。
駅とは正反対で、しかも我が家から
そんなに離れていないこんな場所に、
なんで自転車が置いてあるんだ???
それより、 何故、この路地に自転車が
あると自分で分かったんだろう。。。
あの路地を曲がらなければ、、、
友人が警察に行けと勧めてくれなければ、、、
その友人に盗難の話をしなければ、、、
ここで自転車に出逢うことはなかった。
何だか狐に摘まれたような、
不思議な感覚と同時に、
何故か、「やっぱりね」と妙に納得している
自分もまた不思議で、面白い感覚を味わいました。
実は今日は、不思議な偶然が
他にもいくつもありました。
こんな日もあるものです。
このブログは完全に独り言のつもりで
書いていたのだけど、ある知り合いが
時々読んでいることに気付いた(笑)
そして、同じ日に立て続けに
コメントが来た。
しかも、記事に全然関係ないコメント。
自分の中にあるゴミを吐き出すように
書いていたけれど、やっぱり
ブログに書くなら考えないといけないね。
最近、ある理由があって、
こんなことをいつも考えている。
それは、誰にも言えない、
言うべきでない心の深い闇の部分を、
そっとどこかの誰かに聞いてもらえたら。。。
そして、その人とは一切、自分の人生に
関わりのない、そして今後も人間関係を
全く持つ必要のない人だったら。。。
それはやっぱり、人によっては
とても助けになるかもしれないな。
よし。
今日もがんばろっと^^
書いていたのだけど、ある知り合いが
時々読んでいることに気付いた(笑)
そして、同じ日に立て続けに
コメントが来た。
しかも、記事に全然関係ないコメント。
自分の中にあるゴミを吐き出すように
書いていたけれど、やっぱり
ブログに書くなら考えないといけないね。
最近、ある理由があって、
こんなことをいつも考えている。
それは、誰にも言えない、
言うべきでない心の深い闇の部分を、
そっとどこかの誰かに聞いてもらえたら。。。
そして、その人とは一切、自分の人生に
関わりのない、そして今後も人間関係を
全く持つ必要のない人だったら。。。
それはやっぱり、人によっては
とても助けになるかもしれないな。
よし。
今日もがんばろっと^^
今日、自分の体調について母と
話す機会があった。
私は今まで、自分の体について、
どうしても好きになれなかった。
常に痛みや苦しみとの闘いで、
少しでも太ると体のあちこちに
痛みが出たり、故障が出たりする。
少しでも心にブレがあると
体に歪みが生じ、それが痛みや
病気となって体調に変化を来す。
病院に行ってもどこにも悪いところが
見当たらないような、とても丈夫で
健康な体に出来ているはずなのに、
そんな風に、ことあるごとに
不調になる自分の体が嫌いで
この体を捨てて生きれたら、
どんなに楽だろうと思っていた。
だけど、ふと気付いたんだ。
私の周囲にもかなり体重オーバーの
人は沢山いる。
でも、明らかに私より太っていても、
私のように体がおかしくなったり、
動けなくなったりしていない。
ということは、痩せることに対しても
それほど切羽詰まっていない可能性がある。
私の場合、日常生活に明らかに
支障をきたしてしまうほどに影響があるから、
体の限界があっという間に来てしまう変わりに、
痩せようということに対しても、
命に関わるぐらいに重要な問題だ。
これは、精神的な面でも同じで、
少しでもブレてしまうと、
すぐに体がおかしくなって
生活に問題が生じてしまうから、
すぐに元に戻そうという意識が
強烈に働く。
自分が最も健やかで幸せな基準値を
常に保とうと努力することに
誰よりも意識が向くのではないか。
そう考えると、私のこの体は
とても鋭敏なセンサーであることに
やっと気がついた。
私がこれから世の中に対し
どんな風に貢献できるのかは知らない。
でも、何か全体に対して
今までの人生の恩返しをしようと
思った時に、
自分が心身ともにベストな状態でなければ、
きっと良いパフォーマンスは出来ないだろう。
それを、天は今の内に教えてくれているのか。
人生の終わりになって、恩返しをしたくても
手遅れになってしまう前に、早い段階で、
自分の最大の力を発揮するようにと、
神が仕組んだ仕業なのかもしれない。
ちょっと考えると随分自分にとって都合がいい。
でも、そう思えたときに、
やっと自分の体は自分のものではないことに
確信が持てたんだ。
また一歩。
こうして神に近づいていこう。
話す機会があった。
私は今まで、自分の体について、
どうしても好きになれなかった。
常に痛みや苦しみとの闘いで、
少しでも太ると体のあちこちに
痛みが出たり、故障が出たりする。
少しでも心にブレがあると
体に歪みが生じ、それが痛みや
病気となって体調に変化を来す。
病院に行ってもどこにも悪いところが
見当たらないような、とても丈夫で
健康な体に出来ているはずなのに、
そんな風に、ことあるごとに
不調になる自分の体が嫌いで
この体を捨てて生きれたら、
どんなに楽だろうと思っていた。
だけど、ふと気付いたんだ。
私の周囲にもかなり体重オーバーの
人は沢山いる。
でも、明らかに私より太っていても、
私のように体がおかしくなったり、
動けなくなったりしていない。
ということは、痩せることに対しても
それほど切羽詰まっていない可能性がある。
私の場合、日常生活に明らかに
支障をきたしてしまうほどに影響があるから、
体の限界があっという間に来てしまう変わりに、
痩せようということに対しても、
命に関わるぐらいに重要な問題だ。
これは、精神的な面でも同じで、
少しでもブレてしまうと、
すぐに体がおかしくなって
生活に問題が生じてしまうから、
すぐに元に戻そうという意識が
強烈に働く。
自分が最も健やかで幸せな基準値を
常に保とうと努力することに
誰よりも意識が向くのではないか。
そう考えると、私のこの体は
とても鋭敏なセンサーであることに
やっと気がついた。
私がこれから世の中に対し
どんな風に貢献できるのかは知らない。
でも、何か全体に対して
今までの人生の恩返しをしようと
思った時に、
自分が心身ともにベストな状態でなければ、
きっと良いパフォーマンスは出来ないだろう。
それを、天は今の内に教えてくれているのか。
人生の終わりになって、恩返しをしたくても
手遅れになってしまう前に、早い段階で、
自分の最大の力を発揮するようにと、
神が仕組んだ仕業なのかもしれない。
ちょっと考えると随分自分にとって都合がいい。
でも、そう思えたときに、
やっと自分の体は自分のものではないことに
確信が持てたんだ。
また一歩。
こうして神に近づいていこう。