前ブログの続きです![]()
今回も重い内容の記事です![]()
が
リアルタイムでは
麵活もしております![]()
前から興味のあった
くるまやラーメンの「ネギ味噌ラーメン」
美味しかった![]()
ラーメンは366日旬(うるう年対応)
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診察室の中は
担当の先生、看護師さん
私と主人と両親の6人
密になった空間を
重たい空気が
ゆっくりと広がって満たしていく
先生が
「くっついたのわかった?」
と聞かれた
私は
「はい、なんとなく」と頷いた
生検の後、しこりが痛むのを感じていた
生検は針で傷をつけるので
その後しばらく痛むこともあると
先生の説明はあったのだけど
私の場合、その痛みは消えなかった
なんで、ずっと痛いのか?
チリチリした痛みは、どうしてなのか?
時期で言うと新潟ツーリングの時
既に痛みがあった
皮膚の上から触れると
ころん、としていたしこりが
平べったく大きくなったような感じがした
皮膚にくっついたから
平べったく感じたのか・・・
それから化学療法の治療はいつ始めるか?
という話になりました
当然、治療開始は早い方が良く
来週からでも
すぐ始められるとの事なのだけど
この後の予定は
月末のSSTRと琵琶湖ツーリング
手術前に思い残すことが無いようにと
楽しみにしていたのに
月末まで後、まだ半月もある
私の癌は増殖力の数値が
とても高い
抗がん剤を使ったら
体調はどうなるの?
バイク乗れるの?
主人と父には
月末のスケジュールの話はしていた
やり切って治療に専念したいのだと
それから病院にも
罹患したのがわかった最初の段階で
今後の予定はある?と質問された時に
SSTRや琵琶湖ツーリングの話はしていた
思わず主人の顔を見た
主人も困った顔をしている
行かせてやるべきか、それとも
そんな表情をしていた
私は心の中でつぶやいた
先がどうなるのか、わからないのに
イヤダ
オモイヲノコシタクナイ
絶対に嫌!
その時
後ろで座った母が孫(こた子)のためにも
少しでも早く治療して欲しいと先生に言った
心配してくれるのはわかる
けれど
私の身体で私の人生なのに
私の心も頭も混乱しているのに
さあさあ早くと
ベルトコンベアに追い立てられるように
乗せられたら流されるように
世界が回っていくのだ
一度、治療に入ってしまえば
どうなるのかわからないのに
私の気持ちは
私の心はどこにある?
涙がこぼれた
その時に私の口からでた一言は
「生きるって何?生きる意味って何?」
でした
回りが心配してくれるのに
想定外の連続で私がついていけないのです
短期間で世界がぐるんと変わってしまったのだから
それから、両親には退出してもらい
先生と主人と私で話しました
先生(女の先生)は、真摯に私の思いを聞いてくれました
でも、既に脇に痛みがあるのを私は気がついているのです
すぐ治療に入るか
半月後回しにするのか?
結論から言うと
私の気持ちに整理がつかないので
化学療法スタートの日を仮に決めて
変更するなら、連絡しますというものでした
抗がん剤は2週間ごとに4回点滴します
抗がん剤を使うと免疫力が落ちるので
抗がん剤を使用した日から3日目に
免疫力を上げる注射をしなくてはなりません
わかりやすく言うと
月曜日に抗がん剤を点滴する
水曜日に免疫力を上げる注射を打つ
木曜日あたりから免疫力が落ちていき
週末あたりが一番しんどい
で、また免疫力が上がってきて少し落ち着いてきた
2週間後に、また抗がん剤となります
この段階で
SSTRで集合するメンバー
その後で一緒に琵琶湖ツーリングする
縁様には罹患した話はしていました
自分が病気になって
予定に影響が出る可能性があったので
迷ったけれど打ち明けたのです
おそらく6月に手術だから
その前にバイクに目一杯、乗りたいのだと
なのに、まさかこんな展開になるなんて
診察室から別室へ移動して
カレンダーを見ながら
いつ抗がん治療をスタートするか考えました
治療の初日は薬にアレルギーがあるといけないので
入院しての点滴になります
看護師さんと相談すると
治療が始まれば2泊3日の旅は
厳しいだろうとのこと
私も体力、体調がどうなるかわからないので
ロングツーリングは厳しいとは思いました![]()
ずっと前に予約していたのに
縁様と旅に行けると楽しみにしていたのに・・・
だからせめて、千里浜には行きたいと
心から願いました
治療もして月末に出来るだけ
ベストな体調に戻る日にするには・・・
「この日で予約します」
私の身体と心(気持ち)を守るためには
その日しか、ありませんでした
この日に決めて
あとは出たとこ勝負でした
7月27日の朝駆けの写真です![]()
蓮の花
美しいね![]()
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えりにゃ![]()



