思えば…うつの時は
喉の奥に 黒いガスの様なものがある感覚があったな~
今 思うと…言いたいことを言えない自分の感情だったと 感じる…
幼い頃に 私には理不尽と思える 父と母の しつけという名の暴力に対して…抵抗も出来ずに苦しかった時に
友人宅に 遊びに行った私は 友人の優しいお母さんに…つい母の愚痴をこぼした…
お母さんは私を可愛くないんだ…お兄ちゃんばっかり可愛がるの…と
その友人のお母さんは 何を思ったのか 母に 話してしまった…
母は 反省するどころか私に凄い叱責をし メチャメチャ怒られた…
そんな私は 自分の思いを仕方なく 日記に吐き出した…
母は私が学校に行ってる間に 私の机の中を あさって その日記を読んだらしく…
今度は 日記の内容について激しく叱責し 激怒した…
今なら 理論的に反発して やりこめることが出来るが当時は 無力だった…
悔しくて涙が とまらなかった…
そこで どうしたか?
お母さん 大嫌いという思いを どこにぶつけたか?どこに吐き出したか?
ノートの 一マスに 重ね書きをした…
本当に 大嫌いだった…
毎日毎日 ヒステリーの母毎日毎日 般若の顔の母
毎日毎日 怒るだけの母
そんな母を
母という題材の作文を書きなさいという国語の授業で…
教科書に載ってる例題通りの真似をして
優しいお母さん
キレイなお母さん
と 嘘八百並べて 虚しさいっぱいの作文…
あれを読んで先生や母は授業参観後の懇談会で何を話し合ったのだろうか?
嘘八百だとは気付かないのだろうか?
結局は 世間体が大事なのだと痛感する
私を 心配するのだって
自分が 子どもの問題で苦しんだり世間の目が気になる親のエゴだとは気付かない
むしろ 心配して何が悪い!と逆ギレする…
その過剰な心配が 子どもの自立を妨げ 飛べる鳥も心配という重みで羽根はもがかれ、飛べなくなることも 解らない…
自分達は 心配こそが親の愛情だと勘違いしている…
単に 自分が心配して不安になりたくないだけのことだ…
こんなことを 今 親に向かって言おうものなら
逆ギレされるのがオチだ
だから私は ずっと お腹にしまいこんでいた…
私の中にあるパンドラの箱は…黒い心が溜まりすぎて限界がきて 鍵がかかっていたのに パーンと壊れてしまった様だ…
親を殴りたい…
そんな思いに駆られる…
涙がでてくる…
だって 親不孝だもの…
こんな思いは…
でもね
もう 私は私を虐めない
私は私に寄り添う約束をしたの…
親を殴りたいと思う程に苦しい思いが堪っていたんだよね…
誰だって 最初は 大好きなお母さんに愛されたくて いたんだよね…
1つ1つ 紐解いたなら…パンドラの箱の隅っこで体育座りしたまま うつむいて固まっている 小さな小さな インナーチャイルドが 笑顔になるかな…