3.佐羅早松神社3本のご神木の意味
に絡んだ内容です。
以下転載
アイスバーン状態で、ツルッツルの階段
手すりだけを頼りに
幼子を片手に抱え、
手前にはもう一人の子を体で支えるように押し上げながら
やっとの思いで着いた
お社・・・
昨晩、ずっとこの光景が脳裡に何度も出てくるのでした。
なので、お風呂に入りながら
客観的に再度観察してみたのです♪
そしてふと湧き上がってきた
「気付き」
とても深いものを感じたのでUPすることにします。
雪の坂道、
ツルツルの危険な階段
子供を抱き
、
自分の体でもう一人を支えながら登る
支えは手すりのみ
この現実を、
人生に置き換えてみました。
家族、恋人、友人、、、
誰かを支え、共に上りたいと願うなら、
いかなる道であろうとも、
まず自分がしっかり自立し
手すり(信念)を支えに上るしかない
その先にあるのは
人と人との「本質の伝承
」
そういえば、
以前イセヒカリでお世話になった0さんに
この神社を紹介していただいた時、
お社の前にある3本のご神木の間で、
こんな話をしてくれたのを思い出しました。
「例えば、この木や
、馬とか
、
生き物の名はたくさんあっても
(間)という文字がつく生き物は
人間だけですね。
この(間)がつくと、
単数ではなく複数になるのです。
もし神という存在がいるのなら
ここに私はお役目を感じるのです
人として、ただ生きるのか
人間として、人と人の間でお役目を果たすのか・・・・」
その時は「うんうん」と軽くうなずいて聞いていましたが、
先日子供たちが、
やっとこさ着いたこのご神木の間で
交わした会話・・・
(以下転載)
・・・我が子が、
いつも私の私を真似して
3人の従兄に
「神社はな!小銭を投げて、
自分の願い事なんかお参りするとことはちがうんやでっ!
そんなもんは自分で頑張るもんや!
ここではなぁ
恵みをくれてる自然の神様にありがとうって
感謝を置きにくるとこなんやでっ!!
」
と偉そぶって伝えてくれていました。
お陰で伝える手間が省けました(笑)
「人から人へ・・・本来の参拝の伝承」
汗だくで参拝した疲れも吹っ飛ぶ、ひとときでした。
これこそ、Oさんが言っていた
「人間としてのお役目」だったのだと
ブログをまとめながら、やっと気づきました・・・・
天命は、
特別な人にだけ与えられるものではなく
人として生まれることができたのなら、
誰にだってチャンスがあるもの。
役目が大きいか、小さいかなんて関係ない。
役目に気づくか、どうかだけを、平等に与えられているのでしょう
例えば
泣いている人にどんな風にするのか・・・・・
知らん振りですか、説教ですか、共感ですか。。。
どんな子育てをするのか・・・・・
過保護ですか、冒険をさせますか、何を伝えたいですか。。。
職場の苦難にどう心をおとすのか
社会のせいですか、自分のせいですか、それとも学びですか。。。
嘆くもよし
恨みつらみをいうもよし、
しかし、すべての物事の中には
感謝の種
が隠されていて
人間同志の軋轢や喜びである
人生という名の「泥」の中から
感謝の種を
みつけ
育み
咲かせる花は
まさに
世界にたった一つだけの花ですね
もし神がおられるのなら
人間がどんな天命の花を咲かせるのか
平等に見ておられることでしょう