キャンディのブログ

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3月10日東京大空襲
8月6日ヒロシマ原爆投下
8月9日ナガサキ原爆投下
8月15日終戦記念日

子どもの頃
夏休みは毎年、母の実家福島で
長期滞在していた。

7人キョウダイの末っ子の母は
開拓に入った福島で生まれた。

母の実家で唯一戦争を知らない末っ子

母の家族は東京に住んでいた。
隅田川のあの橋のたもとに。

伯母達は学童疎開でそれぞれバラバラに。

伯父たちは東京に。

東京大空襲のなか奇跡的に
家族が1人もかけることなく生き残る

疎開先で東京大空襲のことを知らされていた伯母たちは迎えに来た伯父が幽霊だと思ったという。

伯母たちもまた
疎開先で空襲警報に怯えながら
時には戦闘機に追いかけられ・・・

奇跡的に生き延びた。

毎夏
私たちキョウダイは
福島の祖父母、伯父伯母から
当時の話を聞いた。

そして中学生になった私は
地元、埼玉共同病院の
当時の医院長、ひだ先生に
ヒロシマの原爆投下の
まさにその瞬間の話を直接伺った。

はだしのゲン
うしろの正面だあれ

そのどれもをこえる
話の恐ろしさに
妹は眠れなくなり泣いていた。

父は赤ん坊で戦争の記憶はない
母は戦争を知らない

そして、戦争を知らない私たち。

私が子どもの頃
私の周りには戦争のカタリベがたくさんいた。

あまりの恐怖に多くを語れず
毎夏少しずつ話してくれた祖母や伯母たち。

医師としてヒロシマ市内へ向かわれた時の想像を絶する市内までの道そして市内の様子を映像をみせられたように話してくださった、ひだ先生。

戦争を知らないのに
その恐ろしさ悲しみ怒りを
リアルな言葉で教えてもらった。

祖父母、伯父、伯母・・・
だんだんと他界し私の周りから
カタリベが少なくなる。

戦争を知らない私たちが
子どもたちに伝えられること

戦争のリアルな恐怖をちゃんと
伝えなければ

戦争を生き延びた伯父伯母が
復興と経済成長、そして平和な時代を過ごした福島で

東日本大震災と原発事故に…

2度目のリアルな恐怖を味わった。

その2度目の恐怖を知らない
祖父母や伯父伯母
そして2度目の恐怖を味わってしまった伯父伯母の
悲しみを
怒りを
娘にシッカリと伝えなければ…

とあらためて平和慣れして鈍っている
心臓が震えた。

来週は多摩川の花火大会。

空襲を思い出すから
打上花火は大嫌い
と言った亡祖母の震える声

平和とは…

娘と語り合い考えていこう。

それが戦争を知らない私にできるコトだと思うから。

生きていること
生かされていること

命が…時代が…つながっているということ

シッカリと受けとめて。


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