自分が二人いて、毎日喧嘩をしている話

 

 

二重人格だという話ではありません。

 

 

よくありますよね。何故だか深夜にどうしてもお腹が空いて、妙にジャンキーなものが食べたくなって、

 

そんな時、脳内にぽんっと現れる二人の自分。

 

 

 

こんな時間にそんなもの食べたら、身体は浮腫むし体重は増えるし肌は荒れるし何より健康に悪いからやめた方がいいよ。と諭してくれる天使と、

 

 

そしたら明日以降に健康的な食事をしたらいいし、何より今この時間に食べるという背徳感こそがラーメンを何よりも美味しくさせるスパイスなんだ。と囁く悪魔。

 

 

 

あれを想像してもらえれば、私が今からする話を理解していただけるかと思います。

 

(私は今のところ、深夜のラーメンを熱心に勧めるこの悪魔の誘惑に打ち勝てたことは生まれてこのかた一度だってありませんが、そんなことは際置いて)。

 

 

 

 

 

現在、私の脳内では、私が自死を選ぶかどうかについて、天使と悪魔が言い争いをしています。

 

 

生きたいと主張する私と、死にたいと主張する私。

 

 

この場合、私の中ではどちらが天使でどちらが悪魔か判断しかねるのですが、

 

 

世間一般的に見たら、生きたいとのたまう存在の方を天使と呼ぶのだと思うので、ここでは天使と仮定したいと思います。

 

 

 

 

今、私は絶賛PMSと抑うつを患っており、精神科に通って薬をいただきながら生活をしているのですが、

 

ここで困るのが自分の感情、主に希死念慮が自分で制御できないという点です。

 

 

 

漠然とした死にたいなぁ、消えてしまいたいなぁ、何もかもから逃げ出してしまいたいなぁ、という気持ちではなくて、

 

死のう、死ななきゃ、今すぐ死にたいんだという欲求が、一気に湧き上がってくる感じと言えば伝わるでしょうか。

 

 

悪魔が大きな黒いマントを翻して、私を丸ごとすっぽりと覆ってしまうような、他に思考することを許さないような、そんな感覚。

 

 

 

一度、ラーメンのことを考え始めたら止まらない。食べたくて食べたくて我慢が出来ない。

 

それと似たような感覚で、自死に魅入られて魅入られて仕方がない瞬間があるんです。

 

ここで死んでしまわなきゃ、という義務感も、きっとどこかにあるのかもしれません。

 

 

 

そんな時に登場するのが、生きたいと主張する私の中の天使です。

 

 

暗い曇天を突き破るように、生きたいと、私の中で私が叫ぶんです。

 

 

死にたくない、生きたい、助けてほしい、私を見てほしい、と、

 

 

知覚するにはあまりにも小さい存在のはずなのに、それでも圧倒的な力を持ってこちらに訴えかけてくる。

 

キラキラと光って、眩しくて熱くて目を逸らしたくなるような、新しく生まれる大きな欲求。

 

 

 

 

すると、私の中の悪魔も対抗します。

 

 

生きていたって何の良いことがあるんだ。今すぐここで死んでしまえば楽になる。

 

死について考えること自体、そもそも辛いんだろう。生きるか死ぬか、迷うこと自体、辛いんだろう。

 

ならば今すぐに死ね、死んでしまえ、それが最適解なのだから。

 

 

 

いいえ、問題の根本はそこではない。

 

今のあなたは複合的な要因が重なって、それが希死念慮として形になっているだけ。

 

そこを少しずつ分解していけば、あなたが本当に為すべきことは自殺ではないと分かるはず。

 

それに何より、生きたいんだろう。死にたくないんだろう。本能に従え。

 

 

 

 

おおよそこんな具合で、私の脳内では世界一不謹慎で不幸なカーニバルが繰り広げられているわけです。

 

 

 

その最中、実際の私はというと傍観者のような感覚で、

 

 

自分ではあるけれど自分ではない、けれど確かに自分から生まれた二つの存在が言い争うのを、ぼぅっと眺めています。

 

 

その言い争いがヒートアップしてきて、感情的になり過ぎて議題の本質からズレ始めたころ、そろそろ不味いなぁと曖昧に思いつき、第三者である私が、主治医から処方された安定剤を服用します。

 

 

 

すると、さっきまであんなに激しく言い争っていた二人の私は、まるで殺虫剤をかけられたゴキブリの様に、あっという間に消滅していくので面白いものです。

 

 

 

こんな争いを、毎日のように続けているのが、今の私の日常です。

 

 

 

そういえば、このブログ、母親も読むんでしたね。

 

 

あなたが十月十日も腹を痛めて、自分の命を懸けてまで産み落とした最初の子供が、こんなものでごめんなさい。

 

 

 

でも大丈夫、今の私はきっと死にません。

 

 

死にたいけれど、きっと生きたいから、精神科に通っているんです。

 

 

きっと大丈夫。私は明日も生きています。

 

 

生きるための目標が、辛うじてあるのだから、やっぱり死を望む存在は悪魔と呼んで差支えないかもしれませんね。

 

 

 

 

そういえば、自分が二人いる、と題しましたが、これでは三人だ。