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徒然なるたわごとです。
どうぞ お立ち寄りくださいませ。

こんばんわ。

年末にオーストラリア旅行に行った際に、飛行機の中で「大統領執事の涙」をみました。
日本はこれから上映みたいですね。






この映画は、アメリカの黒人の歴史を執事の目を通して描かれています。
この執事(黒人)がとても立派な執事なのです、背筋もピンとしていて、仕事をキチンとして、立派で偉い人なんだな~って思ってみてました。

黒人差別がある中で、給料もらえて人間らしい立派な仕事してる。この執事のいるホワイトハウスは
「黒人差別のある社会」とは別世界の環境なんだな~と思ってみてました。

けれど私は気づきました。ずらっと並んでいる執事そして使用人たち。みんな黒系。
ホワイトハウスに集まる官僚たち。みんな白系。

仕事としては立派でも、「使用人」「執事」というのは主人に仕える立場。そこに黒人ばかり雇おうとすること自体が差別なんですね。
そういえばアラブかどこかの石油国では、医者も奴隷のような身分で卑下されていると聞いたことがあります。

何か作業する、働く= 身分が低い

そういう概念の国もあるようです。

私は今接客サービスの勉強をしているのですが、レベルの高いサービスはお客様に王様・女王様になってもらい私たちがなんでもやってあげ、お客様の手を煩わせない、なるべく動かさせない。そうです。

それは気配りができる人、よく気が付く人じゃないとできないことです。接客のプロじゃないとできないですわ。

でも私はそれを聞いて「私は奴隷にはなりたくない」と思いました。
映画の影響と、石油王の話の影響だと思います。

でもね、医者の方がよっぽど頭よくて石油王はバカだなって私はわかってる。
もし医者がそれをちゃんとわかってたら、「この石油王、自分の方がエライと思ってるなんてアホウだな」って思いながら診察すると思うんです。(それは頭いい人がスゴイと思う習慣の日本だからかな)

本当に自分でわかってたら、相手が自分のことバカに思ってようが関係ないと思うんです。

私が接客業で行うサービスのことを「奴隷ちっく」と思い抵抗してしまうのは、心のどこかで「身の周りの世話をするのは身分の低い人がすること。サービスを受ける(お金を払う)方がエライ」と認めてるからなんだと思いました。

これが、私が今まで気づかなかった自分の潜在意識。

下僕にはなりたくない。
使用人にもなりたくない。

ただ好きなことをして、人として気づいたことやってあげたいことをする。

無理に頑張らない。できないことがコンプレックスになるし、できるようになったときに変な自信や自慢から人を批判するココロが生まれるから。

無理に頑張らない。使用人は職種であって身分ではない。
この2つを肝に銘じて明日も頑張ろう。