まさか学年を飛び越えて3月28日で出産するとは夢にも思わなかった

なので、出産の日を振り返ってみます

切迫早産と診断されたのは3月25日。
お昼前に検診に行ったら、子宮頸管が2cmしかないと言われました。
その日の夜から入院。
計画としては、3週間ほど広島の病院で入院して、東京に帰って里帰り出産するはずでした。
24時間、張り止めのウテメリンを点滴投与。
24時間点滴に繋がれるなんて体験なかったから、そらー辛かった。
パパはマメにメールくれたり、必ず仕事帰りに寄ってくれて、一緒にごはんを食べてお話ししてくれて…
不安な気持ちもあったけど、パパの優しさに救われました

でもわたし自身、33週、万が一いま産まれても大きな問題はないということと、まさか早産になるなんてことはないと楽観視してた。
入院して3日目の27日。
朝から今までにない子宮の痛みが1時間に一回ほどみられるようになりました。
不安になったわたしは看護士さんにその旨を伝えるも、様子をみましょう、そのくらいなら大丈夫と言われるだけ…
それから別の看護士さん2人にも同じことを言ってみたものの、回答は同じ。
本当に様子見でいいのかな~…と思ってるうちに、だんだん痛みの間隔が狭くなってきたように思えてきた。
これは、、陣痛??
念のため、パパに報告。
午後4時くらいから、ついに痛みの間隔を計り始めた。
すると、5時半くらいから10分間隔になってきた。
お見舞いに来てくれたパパにそのことを伝え、一緒に夕飯を食べ終えた後、看護士さんに改めてそれを伝えました。
それから赤ちゃんの心拍を見てもらい、ウテメリンの量を増やしてもらった。
すると、痛みが落ち着いてきたので一旦様子見ということに。
それが夜9時くらいのことでした。
そして夜11時頃。
やっぱり痛みが治まらなくて、看護士さんに連絡。
そこで先生に急遽診てもらうことに。
診察してもらってすぐ、
先生『旦那さんすぐ来れるー?』
…
それを聞いた時は、あぁ、もう緊急事態になっているんだなと思い、頭が真っ白になりました。
続く