中東旅行記:3日目/4日目ヨルダン/ペトラ〜アンマン
昨日は帰りが遅くなってしまったのと、疲れすぎていたのとで、
まとめて1日遅れでヨルダン3日目の記録です。
昨日は朝早起きして、6時からペトラ遺跡を見学してきました。
前日にホテルのルームサービスにランチボックスを頼んでおいたのですが、
出がけにピックアップしようとしてフロントに声をかけると、
ホールケーキが入っているような箱を2つ、満面の笑みとともに渡されました。
もちろん私たちもにこやかにそれを受け取り、そのまま何も言わずに部屋に戻り、
箱を開けてみて二度びっくり。
小振りなサイズのデニッシュパンが5種類6個とドーナツが1つ。
それにバナナと水とヨーグルトが2つ。
スプーンなし。
・・・・・・。
これを見て友人と2人、昨日の疑問への答えを見つけたような気がしました。
もしも外国人旅行者と日本で出会って、絶対にこれを食べろ、と勧めるとしたら、
これからは「弁当ボックス」と勧めたいと思います。
「これぞジャパンの知恵とホスピタリティ」だと。
さて、ペトラ遺跡はとても広大な敷地の中に、巨大な遺跡群が点在しています。
遺跡の中ではベドウィンがお土産物を売ったり、
ロバやラクダに観光客を乗せたりと商売をしています。
彼らは遺跡、というかペトラの土地に住んでいて隅々まで知り尽くしており、
私たちもロバに乗って、遺跡のかなり奥までガイドをしてもらいました。

道々、彼らの知り合いのベドウィンの女性にベドウィンティーを振る舞ってもらったり、
ペトラ遺跡で最も有名な建物「エル・ハズネ」を
崖の上から見られるポイントに連れて行ってもらったり、
山の頂上の夕焼けポイントを案内してもらったりと、
中々ツアーなどでは経験できない体験をしてきました。

遺跡の中には無数の洞窟があるのですが、
ベドウィンはガイドや放牧などの合間にそれらを利用しているらしく、
食べ物や水、調理道具を置いてあるような洞窟も点在しています。
夕飯に招待され、私たちもその一つで彼らの作ってくれた食事をいただきました。

チキンと野菜をホイルで包んで真っ赤な炭の中で40分ほど蒸し焼きにするのですが、
下ごしらえの間にたき火から炭をおこしたり、お茶を入れたり、
料理も40分蒸し焼きにした後、枯れ木や葉っぱに火をつけ大きな炎で一気に仕上げるなど、
自在に炭と炎を操り器用に料理を作ってしまいます。
まだ少年のようなのに本当に手際が良く、料理のこともちゃんと知り尽くしているのですね。
できあがった料理はとてもシンプルなのに本当においしかったです。
私の買ったばかりのまったく使いこなせていないヘルシオよりも、手早くおいしく。
チキンもほろほろに柔らかく火が通っているし、野菜にも肉のうまみがきちんとしみ込んでいるし。
それをアラブのパン(ナンのように平べったいパン)で包んでヨーグルトにつけて食べます。
レモンもかなり厚切りのものが一緒に蒸し焼きにされているのですが、レモンのあの苦い皮も
とろっとろで甘く、とてもおいしくいただけました。
手だけで食事をするのも、生まれて初めての経験です。
結局食事が終わったのが夜11時頃だったので、そのまま彼らのベドウィンの村に行き、
そこから、カーブでまったく減速しないちょう怖いジープでホテルまで送ってもらいました。
今回、街灯などまったくない、巨大な岩山に囲まれた遺跡の真ん中で、
初めて月の明るさを知りました。
月明かりで陰ができることも、懐中電灯などなくてもはっきりと道が見えることも、
まったく月の光が届かない洞窟の中でも、ろうそくの灯りだけで、
本が読めるくらい明るいということも、
この日、初めて知りました。

人生初の経験が、てんこ盛りの毎日です。
そうそう。
人生初といえば、ペトラ遺跡の中にはとてもたくさんの猫がいて、
どの猫も大変人なつこいのですが、生まれて初めて「猫にモテる」
という経験をしました。
一緒にいる友人もかなりの猫好きで猫も飼っているのですが、
なぜか私ばかりが猫にモテまくったのでした。
幸せ過ぎて、可愛過ぎて、萌え死に寸前の一枚。

4日目の今日は、昨日のベドウィンの少年2人にスモールペトラという
小さな遺跡に連れて行ってもらいました。
とことことロバに揺られて2時間弱。
とてもこじんまりとしたかわいらしい遺跡にたどり着き、
そこでまた彼らが持ってきてくれたランチをいただきました。
アラブのパンにオイルサーディンを包んで食べるだけなのですがこれがまた・・・。
その後、大変名残惜しかったのですが、お互いに別れを惜しみつつ再会を約束して
ベドウィンの少年たちと別れ、一路アンマンへと向かいました。
アンマンでは軽く買い物をして地元の食べ物を食べ、早々にホテルに戻ってきました。
明日に備えて早く寝るのです。
相方が「アンマンで、あんまんなう」
と、ツイートしたいがためだけに日本から持ち込んだあんまんを、
眠気と戦いながら写真に収めている姿を眺めつつ、アンマンの夜は更けて行きます。
と、いうことで、明日はいよいよ国境越えです。
まとめて1日遅れでヨルダン3日目の記録です。
昨日は朝早起きして、6時からペトラ遺跡を見学してきました。
前日にホテルのルームサービスにランチボックスを頼んでおいたのですが、
出がけにピックアップしようとしてフロントに声をかけると、
ホールケーキが入っているような箱を2つ、満面の笑みとともに渡されました。
もちろん私たちもにこやかにそれを受け取り、そのまま何も言わずに部屋に戻り、
箱を開けてみて二度びっくり。
小振りなサイズのデニッシュパンが5種類6個とドーナツが1つ。
それにバナナと水とヨーグルトが2つ。
スプーンなし。
・・・・・・。
これを見て友人と2人、昨日の疑問への答えを見つけたような気がしました。
もしも外国人旅行者と日本で出会って、絶対にこれを食べろ、と勧めるとしたら、
これからは「弁当ボックス」と勧めたいと思います。
「これぞジャパンの知恵とホスピタリティ」だと。
さて、ペトラ遺跡はとても広大な敷地の中に、巨大な遺跡群が点在しています。
遺跡の中ではベドウィンがお土産物を売ったり、
ロバやラクダに観光客を乗せたりと商売をしています。
彼らは遺跡、というかペトラの土地に住んでいて隅々まで知り尽くしており、
私たちもロバに乗って、遺跡のかなり奥までガイドをしてもらいました。

道々、彼らの知り合いのベドウィンの女性にベドウィンティーを振る舞ってもらったり、
ペトラ遺跡で最も有名な建物「エル・ハズネ」を
崖の上から見られるポイントに連れて行ってもらったり、
山の頂上の夕焼けポイントを案内してもらったりと、
中々ツアーなどでは経験できない体験をしてきました。

遺跡の中には無数の洞窟があるのですが、
ベドウィンはガイドや放牧などの合間にそれらを利用しているらしく、
食べ物や水、調理道具を置いてあるような洞窟も点在しています。
夕飯に招待され、私たちもその一つで彼らの作ってくれた食事をいただきました。

チキンと野菜をホイルで包んで真っ赤な炭の中で40分ほど蒸し焼きにするのですが、
下ごしらえの間にたき火から炭をおこしたり、お茶を入れたり、
料理も40分蒸し焼きにした後、枯れ木や葉っぱに火をつけ大きな炎で一気に仕上げるなど、
自在に炭と炎を操り器用に料理を作ってしまいます。
まだ少年のようなのに本当に手際が良く、料理のこともちゃんと知り尽くしているのですね。
できあがった料理はとてもシンプルなのに本当においしかったです。
私の買ったばかりのまったく使いこなせていないヘルシオよりも、手早くおいしく。
チキンもほろほろに柔らかく火が通っているし、野菜にも肉のうまみがきちんとしみ込んでいるし。
それをアラブのパン(ナンのように平べったいパン)で包んでヨーグルトにつけて食べます。
レモンもかなり厚切りのものが一緒に蒸し焼きにされているのですが、レモンのあの苦い皮も
とろっとろで甘く、とてもおいしくいただけました。
手だけで食事をするのも、生まれて初めての経験です。
結局食事が終わったのが夜11時頃だったので、そのまま彼らのベドウィンの村に行き、
そこから、カーブでまったく減速しないちょう怖いジープでホテルまで送ってもらいました。
今回、街灯などまったくない、巨大な岩山に囲まれた遺跡の真ん中で、
初めて月の明るさを知りました。
月明かりで陰ができることも、懐中電灯などなくてもはっきりと道が見えることも、
まったく月の光が届かない洞窟の中でも、ろうそくの灯りだけで、
本が読めるくらい明るいということも、
この日、初めて知りました。

人生初の経験が、てんこ盛りの毎日です。
そうそう。
人生初といえば、ペトラ遺跡の中にはとてもたくさんの猫がいて、
どの猫も大変人なつこいのですが、生まれて初めて「猫にモテる」
という経験をしました。
一緒にいる友人もかなりの猫好きで猫も飼っているのですが、
なぜか私ばかりが猫にモテまくったのでした。
幸せ過ぎて、可愛過ぎて、萌え死に寸前の一枚。

4日目の今日は、昨日のベドウィンの少年2人にスモールペトラという
小さな遺跡に連れて行ってもらいました。
とことことロバに揺られて2時間弱。
とてもこじんまりとしたかわいらしい遺跡にたどり着き、
そこでまた彼らが持ってきてくれたランチをいただきました。
アラブのパンにオイルサーディンを包んで食べるだけなのですがこれがまた・・・。
その後、大変名残惜しかったのですが、お互いに別れを惜しみつつ再会を約束して
ベドウィンの少年たちと別れ、一路アンマンへと向かいました。
アンマンでは軽く買い物をして地元の食べ物を食べ、早々にホテルに戻ってきました。
明日に備えて早く寝るのです。
相方が「アンマンで、あんまんなう」
と、ツイートしたいがためだけに日本から持ち込んだあんまんを、
眠気と戦いながら写真に収めている姿を眺めつつ、アンマンの夜は更けて行きます。
と、いうことで、明日はいよいよ国境越えです。
中東旅行記:2日目 ヨルダン/死海〜ペトラ
ヨルダン2日目です。
プライベートビーチが死海という贅沢なホテルに泊まったので、
朝早くから早速ビーチにおりて行きました。
お約束通り、浮かんできました。死海に。

塩分、サイコー。
今までしたことのない体験ですよ。
本当に何もしなくてもカラダが浮くんですね~。
昨日も書きましたが、死海は海抜-410mの場所にあります。
周りは切り立った山に囲まれていて、死海の対岸、イスラエル側も、
壁のような崖に囲まれているのが見えます。
海面よりも400mも深い場所で、カラダを丸めて目を閉じて水に浮かんでいると、
胎児か深海魚にでもなったような、不思議な感覚です。
あまりに楽しく珍しい経験で、1時間近く水の中でぷかぷかしていました。
「水の上を走る」ではありませんが、水の中を走ってみたり、
空気イスをして、「どこもぷるぷるしないよ!」とはしゃいでみたり。
これ、日本に欲しいです。
すごく楽しい。
モーベンピックホテルはとても大きなリゾートで、まるでテーマパークのようなのですが、
海外のリゾートには珍しく、小さい子供もOKなのですね。
キッズプールがあったり、子供用の遊戯施設があったり、恐らく託児所などもあるのでしょう。
とても家族連れを多く見かけました。
レストランもおいしかったし、こんなホテルに1泊1万円で泊まれてしまうって、かなりお得です。
1泊ではもったいないので、必ず2泊以上でまた泊まりにこようと固く心に誓いました。
もしこれからどこかのリゾートに行こうと思っている方がいたら、
間違いなくオススメします。死海のリゾート。

で、これまたお約束で死海の塩スクラブと泥マッサージのSPAも堪能し、
多少慌ただしくはありましたが、午後には第二の目的地、ペトラに向けて出発しました。
死海からは車で2時間・・・のはずが途中すばらしい景色やヤギを追うベドウィンの少年を
写真に収めたりしていたら、3時間以上かかってしまいました。
ドライバーさんの趣味でずっと国境沿いのちょっと遠回りなルートを使ったようでしたが、
景色は間違いなくすばらしかったです。
写真の腕が追いついていないのが悲しい・・・。

ペトラではヨルダンに着いて初のヨルダン料理を食べに街へ。
ホテルで聞いたレストランがとても良かったです。
ベドウィンのテント風のオープンエアのレストランで、
伝統的なベドウィンの料理をいただきました。
もちろんアルコールは飲めないのでフレッシュジュースのカクテル。

タクシーの運転手さんもイチオシのマンサフ。
柔らかく煮込んだ羊肉に温かいヨーグルトスープをかけて
ライス、クレープと一緒にいただきます。
雑炊のようでとても優しい味。
羊も全然臭くないし、ヨーグルトのスープも酸っぱさは全くなく、
あっさりとしてとても食べやすい。
本来は手で食べるそうですが私たちはフォークで。

トマトやなすなど刻んだ野菜とチキンのピラフ。
キュウリの入ったヨーグルトソースをかけて食べます。
ほんのりスパイシーですがどこか懐かしい味。
アーモンドがアクセントで歯触りもよく、いくらでも食べられそうです。

どのお料理もとても日本人の舌には合う味だと思いました。
基本的に中東の料理は日本人の口に合うと聞いていましたが、本当にその通りです。
お米を食べるのも安心感があります。
野菜も豊富でおいしいし、今回の旅は太って帰ることになりそうな悪寒・・・。
タクシーの運転手さんも、レストランのお兄さんも、「マンサフはヨルダンのベストフードだ」
と言っていたのを聞いて、日本のベストフードってなんだろう、とちょっと考えてしまいました。
海外から来た旅行者に、「○○は日本のベストフードだ。絶対に食べた方がいい」
と、オススメするなら、何になるんでしょうね。
友人としばらく考えたのですが、結局
「これが、ベストオブ日本食!」という万人共通の味を示すことはできない、
という結論に至りました。
ヨルダン人ならみんなマンサフが大好きだそうですから、
マンサフを食べればヨルダン人の好みの味がどんなものかわかるわけです。
でも日本の場合は種類もバリエーションも豊富で、且つ各地方色も濃いし、
また「メインディッシュ」ではなく「おかず」として何品も食べるし、
全国共通で、どこでも食べられて、誰もが知っていて、皆が旅人にオススメしたくなる、
テーブルの主役を張れる食べ物。
日本人なら一人一人違う一品を持っていそうですよね。
ちなみに私のベストオブ日本食は、「穴子」です。
煮詰めでも塩でも、お寿司でもつまみでも、とにかく穴子が好きです。
穴子があったら食べたい。
明日は、朝早くからいよいよペトラ遺跡です。
プライベートビーチが死海という贅沢なホテルに泊まったので、
朝早くから早速ビーチにおりて行きました。
お約束通り、浮かんできました。死海に。

塩分、サイコー。
今までしたことのない体験ですよ。
本当に何もしなくてもカラダが浮くんですね~。
昨日も書きましたが、死海は海抜-410mの場所にあります。
周りは切り立った山に囲まれていて、死海の対岸、イスラエル側も、
壁のような崖に囲まれているのが見えます。
海面よりも400mも深い場所で、カラダを丸めて目を閉じて水に浮かんでいると、
胎児か深海魚にでもなったような、不思議な感覚です。
あまりに楽しく珍しい経験で、1時間近く水の中でぷかぷかしていました。
「水の上を走る」ではありませんが、水の中を走ってみたり、
空気イスをして、「どこもぷるぷるしないよ!」とはしゃいでみたり。
これ、日本に欲しいです。
すごく楽しい。
モーベンピックホテルはとても大きなリゾートで、まるでテーマパークのようなのですが、
海外のリゾートには珍しく、小さい子供もOKなのですね。
キッズプールがあったり、子供用の遊戯施設があったり、恐らく託児所などもあるのでしょう。
とても家族連れを多く見かけました。
レストランもおいしかったし、こんなホテルに1泊1万円で泊まれてしまうって、かなりお得です。
1泊ではもったいないので、必ず2泊以上でまた泊まりにこようと固く心に誓いました。
もしこれからどこかのリゾートに行こうと思っている方がいたら、
間違いなくオススメします。死海のリゾート。

で、これまたお約束で死海の塩スクラブと泥マッサージのSPAも堪能し、
多少慌ただしくはありましたが、午後には第二の目的地、ペトラに向けて出発しました。
死海からは車で2時間・・・のはずが途中すばらしい景色やヤギを追うベドウィンの少年を
写真に収めたりしていたら、3時間以上かかってしまいました。
ドライバーさんの趣味でずっと国境沿いのちょっと遠回りなルートを使ったようでしたが、
景色は間違いなくすばらしかったです。
写真の腕が追いついていないのが悲しい・・・。

ペトラではヨルダンに着いて初のヨルダン料理を食べに街へ。
ホテルで聞いたレストランがとても良かったです。
ベドウィンのテント風のオープンエアのレストランで、
伝統的なベドウィンの料理をいただきました。
もちろんアルコールは飲めないのでフレッシュジュースのカクテル。

タクシーの運転手さんもイチオシのマンサフ。
柔らかく煮込んだ羊肉に温かいヨーグルトスープをかけて
ライス、クレープと一緒にいただきます。
雑炊のようでとても優しい味。
羊も全然臭くないし、ヨーグルトのスープも酸っぱさは全くなく、
あっさりとしてとても食べやすい。
本来は手で食べるそうですが私たちはフォークで。

トマトやなすなど刻んだ野菜とチキンのピラフ。
キュウリの入ったヨーグルトソースをかけて食べます。
ほんのりスパイシーですがどこか懐かしい味。
アーモンドがアクセントで歯触りもよく、いくらでも食べられそうです。

どのお料理もとても日本人の舌には合う味だと思いました。
基本的に中東の料理は日本人の口に合うと聞いていましたが、本当にその通りです。
お米を食べるのも安心感があります。
野菜も豊富でおいしいし、今回の旅は太って帰ることになりそうな悪寒・・・。
タクシーの運転手さんも、レストランのお兄さんも、「マンサフはヨルダンのベストフードだ」
と言っていたのを聞いて、日本のベストフードってなんだろう、とちょっと考えてしまいました。
海外から来た旅行者に、「○○は日本のベストフードだ。絶対に食べた方がいい」
と、オススメするなら、何になるんでしょうね。
友人としばらく考えたのですが、結局
「これが、ベストオブ日本食!」という万人共通の味を示すことはできない、
という結論に至りました。
ヨルダン人ならみんなマンサフが大好きだそうですから、
マンサフを食べればヨルダン人の好みの味がどんなものかわかるわけです。
でも日本の場合は種類もバリエーションも豊富で、且つ各地方色も濃いし、
また「メインディッシュ」ではなく「おかず」として何品も食べるし、
全国共通で、どこでも食べられて、誰もが知っていて、皆が旅人にオススメしたくなる、
テーブルの主役を張れる食べ物。
日本人なら一人一人違う一品を持っていそうですよね。
ちなみに私のベストオブ日本食は、「穴子」です。
煮詰めでも塩でも、お寿司でもつまみでも、とにかく穴子が好きです。
穴子があったら食べたい。
明日は、朝早くからいよいよペトラ遺跡です。
中東旅行記:1日目ヨルダン/死海
さて、お久しぶりの更新です。
お久しぶりに何を書くかといえば、旅日記だったりして。
昨年のスペインもそうだったのですが、GWに入る前日(今年で言えば4月23日)の出発にすると、
エア代とか諸々が安くすむのと、GW前半に3~4営業日くらいまとめて休むと、
GWとくっつけて10~12連休くらいにできるのとで、最近はGWに長期旅行に出るのが
習慣になりつつあります。
ということで、今年はヨルダンとシリア、10泊12日の旅にやって参りました。
場所が場所だけに心配をしてくださっている方も多いので、毎日ではないかもしれませんが、
生存確認代わりに、こちらに旅日記をアップさせていただきますです。
で、4月23日の夜、定時まで(ちょびっと残業もして)仕事をした後、
羽田発21時のANAで関空へ。関空からカタール航空でカタールの首都ドーハを経由して
現地時間4月24日(土)の15時30分、無事ヨルダンの首都アンマンに到着いたしました。
エミレーツ航空なら成田発だし、乗り継ぎ時間も短くて楽だったんですけど、
スターアライアンス派の私はカタール航空を選びました。
ちなみに、カタール航空は今回の旅行中に成田に就航するそうなので、帰りは成田に到着なのです。
でも一旦関空にストップしてから成田に行くらしいんですけどね・・・。
だったらいっそ乗り継いで羽田の方が楽かもしれないですが。
ドーハまでは約12時間、ユーラシア大陸の南部上空を飛んで行きます。
ヨーロッパに行く時はいつも北の冷たい大地の上を飛ぶので、下を見ても何もない
真っ白な平原が延々と続くだけなのですが、今回はおもしろかったです。
深夜便なので、ずっと真っ暗な中に、ぽつぽつと街の灯りが見えるんですね。
インドの上空など、確かに人のいる灯りだと思うのに、その灯りの主がどんな人で、
どんな生活をしているのか、その街がどんな街なのか、
全く想像がつかないというのが、とても不思議でした。
12時間もあるといつもなら「寝ても寝ても着かない」という
どうしようもない長さを感じるものですが、
そこは深夜便の良いところで、「寝ても寝ても眠い」という状態で、映画を見ることもなく、
あっというまにドーハに到着しました。
写真は、機内誌に出ていた「アルジャジーラモバイル」の広告です。
中東でもスマートフォンが人気らしく、特集記事も出ていました。

ドーハでは8時間弱、待ち時間がありましたが、仮眠室で仮眠を取って(まだ眠い)
免税店を冷やかして、乗り継ぎ客に無料で振る舞われる軽食を食べたりしてたら
結構あっという間に過ぎてしまいました。
免税店の電気製品売り場ではかなりの数のスマートフォンが並べて売られていました。
HT03A、Xperia、NexusOneなど。どれも898QR(1ドル=3.64カタールリヤル)
ドーハからアンマンまでの機内は更に快適で、機内食もアラブ風。
全身真っ白なアラブの衣装に身を包んだお兄様方に萌えつつ、あっという間にアンマンに到着。
アンマンのImmigrationのレーンに「Jordanians」「Other Nationarities」に並んで
「V.I.P & Investors」というレーンがあって、アラブ=お金持ち
のイメージが更に強まったりして。
カタール航空空いてるし、ドーハからかなり色々な国に飛んでるし、
これからは中東経由でヨーロッパとかの方がいいかもしれない、と思いましたよ。
ヨーロッパ便のハブ空港のフランクフルトとか何もないし、混んでるし、
飛行機どこの会社も古いし、それに比べればかなり快適です。
アンマンからは本日の最終目的地、死海にタクシーで移動。
死海は海抜-400m以上だそうで、世界でも最も低い場所にある土地だそうです。
写真の、海面を示す指標からずーーーーーっと下って死海まで。

途中、タクシーの運転手さんが死海の向う側に見える山を指差して
「あの山を知っているか。イスラエルを知っているか。アメリカとイギリスがやってきて、
たくさんの人を殺して土地を奪った。アメリカとイギリスがやってくる前は、
イスラエルなんてなかった。」と言っていました。
ヨルダンはずっとイスラエル不支持でしたが、近年政策を転換し、イスラエルへの輸出で
かなり経済も潤っているそうです。
それでも、アラブの人たちのイスラエルに対する思いは、このタクシーの運転手さんの言葉に、
凝縮されているのだと思います。
死海のホテルはモーベンピックホテルという、高級リゾート(ふふふ)です。
ホテルに入るまでのセキュリティがかなりすごくてびっくり。
数年前に死海周辺のホテルに爆弾がしかけられたとかで、それ以来の厳戒態勢だそうです。
空港並みの警備とセキュリティチェックでしたよ。
無事チェックインした後、ちょうど夕暮れ時だったので、リゾート内の探検がてら
死海に沈む夕日を見に行ってきました。

イスラエルに沈む夕日です。
血のように赤く、山の稜線を燃えるように染めあげて沈む夕日は、
きれいであればあるほど、切なく、悲しく、胸が締め付けられるのでした。
聖書に描かれた土地に、自分が今いるという不思議と感激に浸りつつ、
今日は死海に浮いてきます。
お久しぶりに何を書くかといえば、旅日記だったりして。
昨年のスペインもそうだったのですが、GWに入る前日(今年で言えば4月23日)の出発にすると、
エア代とか諸々が安くすむのと、GW前半に3~4営業日くらいまとめて休むと、
GWとくっつけて10~12連休くらいにできるのとで、最近はGWに長期旅行に出るのが
習慣になりつつあります。
ということで、今年はヨルダンとシリア、10泊12日の旅にやって参りました。
場所が場所だけに心配をしてくださっている方も多いので、毎日ではないかもしれませんが、
生存確認代わりに、こちらに旅日記をアップさせていただきますです。
で、4月23日の夜、定時まで(ちょびっと残業もして)仕事をした後、
羽田発21時のANAで関空へ。関空からカタール航空でカタールの首都ドーハを経由して
現地時間4月24日(土)の15時30分、無事ヨルダンの首都アンマンに到着いたしました。
エミレーツ航空なら成田発だし、乗り継ぎ時間も短くて楽だったんですけど、
スターアライアンス派の私はカタール航空を選びました。
ちなみに、カタール航空は今回の旅行中に成田に就航するそうなので、帰りは成田に到着なのです。
でも一旦関空にストップしてから成田に行くらしいんですけどね・・・。
だったらいっそ乗り継いで羽田の方が楽かもしれないですが。
ドーハまでは約12時間、ユーラシア大陸の南部上空を飛んで行きます。
ヨーロッパに行く時はいつも北の冷たい大地の上を飛ぶので、下を見ても何もない
真っ白な平原が延々と続くだけなのですが、今回はおもしろかったです。
深夜便なので、ずっと真っ暗な中に、ぽつぽつと街の灯りが見えるんですね。
インドの上空など、確かに人のいる灯りだと思うのに、その灯りの主がどんな人で、
どんな生活をしているのか、その街がどんな街なのか、
全く想像がつかないというのが、とても不思議でした。
12時間もあるといつもなら「寝ても寝ても着かない」という
どうしようもない長さを感じるものですが、
そこは深夜便の良いところで、「寝ても寝ても眠い」という状態で、映画を見ることもなく、
あっというまにドーハに到着しました。
写真は、機内誌に出ていた「アルジャジーラモバイル」の広告です。
中東でもスマートフォンが人気らしく、特集記事も出ていました。

ドーハでは8時間弱、待ち時間がありましたが、仮眠室で仮眠を取って(まだ眠い)
免税店を冷やかして、乗り継ぎ客に無料で振る舞われる軽食を食べたりしてたら
結構あっという間に過ぎてしまいました。
免税店の電気製品売り場ではかなりの数のスマートフォンが並べて売られていました。
HT03A、Xperia、NexusOneなど。どれも898QR(1ドル=3.64カタールリヤル)
ドーハからアンマンまでの機内は更に快適で、機内食もアラブ風。
全身真っ白なアラブの衣装に身を包んだお兄様方に萌えつつ、あっという間にアンマンに到着。
アンマンのImmigrationのレーンに「Jordanians」「Other Nationarities」に並んで
「V.I.P & Investors」というレーンがあって、アラブ=お金持ち
のイメージが更に強まったりして。
カタール航空空いてるし、ドーハからかなり色々な国に飛んでるし、
これからは中東経由でヨーロッパとかの方がいいかもしれない、と思いましたよ。
ヨーロッパ便のハブ空港のフランクフルトとか何もないし、混んでるし、
飛行機どこの会社も古いし、それに比べればかなり快適です。
アンマンからは本日の最終目的地、死海にタクシーで移動。
死海は海抜-400m以上だそうで、世界でも最も低い場所にある土地だそうです。
写真の、海面を示す指標からずーーーーーっと下って死海まで。

途中、タクシーの運転手さんが死海の向う側に見える山を指差して
「あの山を知っているか。イスラエルを知っているか。アメリカとイギリスがやってきて、
たくさんの人を殺して土地を奪った。アメリカとイギリスがやってくる前は、
イスラエルなんてなかった。」と言っていました。
ヨルダンはずっとイスラエル不支持でしたが、近年政策を転換し、イスラエルへの輸出で
かなり経済も潤っているそうです。
それでも、アラブの人たちのイスラエルに対する思いは、このタクシーの運転手さんの言葉に、
凝縮されているのだと思います。
死海のホテルはモーベンピックホテルという、高級リゾート(ふふふ)です。
ホテルに入るまでのセキュリティがかなりすごくてびっくり。
数年前に死海周辺のホテルに爆弾がしかけられたとかで、それ以来の厳戒態勢だそうです。
空港並みの警備とセキュリティチェックでしたよ。
無事チェックインした後、ちょうど夕暮れ時だったので、リゾート内の探検がてら
死海に沈む夕日を見に行ってきました。

イスラエルに沈む夕日です。
血のように赤く、山の稜線を燃えるように染めあげて沈む夕日は、
きれいであればあるほど、切なく、悲しく、胸が締め付けられるのでした。
聖書に描かれた土地に、自分が今いるという不思議と感激に浸りつつ、
今日は死海に浮いてきます。