二十九、三十/クリープハイプ
を流しながら読むと多分丁度よく読み終えると思います。
確か、小学5.6年生の頃の話。
担任の先生、H先生は、生徒と深く交流して悩みや相談などにも真剣に親身になってくれる人だった。
僕がこの先生に、救われた、とか、人生を変えられた、とかっていうことは、ないんだけれど、
私物の漫画である「SLUM DUNK」と「ヒカルの碁」を全巻教室の後ろの棚に置いてくれたことは、今でもとても感謝している。
子供の頃から漫画好きで、叔父が持ってきてくれる古くなった週刊少年誌を、暇さえあれば読んでるような人間だったので、学校でも漫画を読めるようになることは僕の中では衝撃的なことだった。え、読んでいいんすか。学校なのに、って。そんな感じ。
その影響で僕のクラスのみ囲碁が流行ったり、少年バスケ部に新しく3人ほど入部したりと、子供心に新鮮な衝動を与えたと思う。
ちなみに僕は小学3年生からバスケをやっていた。
だからバスケ仲間が増えるとき、新しい友達が出来た、という嬉しさと、試合に出れなくなるのでは、という不安感の、両方を感じていた。
ある日のこと。
帰宅前恒例の「かえりのかい」というやつで、先生が話をした。
「いじめは心の弱い人がやることです。最低の行為です。でも、いじめを受けている人は、辛くても中々相談できません。このクラスにそのような最低の行為があると思えませんが、皆の中に少しでも、いじめを見たり、されていて苦しんでたり、そんな人がいたら、今から書くメモ用紙に書いてください。明日、回収します」
正直、話の内容はほとんど覚えてないので、多分99%想像になってるけど。
でも、小さなメモ用紙を貰って、それを次の日に提出したことだけは覚えてる。
僕は、至って自然な解釈で、「全員何かしら書かなきゃいけないもの」だと思った。宿題みたいなもんだと思った。宿題白紙で提出したら、怒られて、休み時間無くなるもんね、って。そんな感じで、最近バスケを始めた子のことを書いた。スキンシップが激しい。わざと僕に勢いのあるパスを投げてくる。ふざけて肩を殴ってくる。みたいなことを。
別にそれをいじめだと感じたことはないけれど。とりあえず、書いておいた。
次の日の朝、この小さい紙をクラス全員先生に提出した。
別に友達同士で、この紙に何を書いたという話は、することは無かった。
まぁ書けばいいだろって。それよりやっぱ、給食のワカメごはんって塩加減丁度よくて最高だなって、そんな他愛ない話をしてたと思う。
その日の授業の最後は、道徳の授業だった。
担任のH先生は、~頁から~頁までの話を読んで、感想をこの紙に書いてくださいと、授業の頭で言ったあと、
Tくん、職員室に荷物届いてるからちょっと取りに来て、と、僕の名前を呼んだ。
僕はよくバスケ用のシューズを持ってくるのを忘れて登校して、母親がシューズを学校に届ける、ということが何回かあったので今回もそれだろと思って、はーいと生返事をして先生に着いていった。
あれ?今日バスケは休みじゃなかったっけ?とは思ったけど。
先生は突然、階段の踊り場で立ち止まった。
そして、僕の目をまっすぐ見つめて、
「よく、勇気を出して、書いてくれたね」
と、先生は言った。
「え。?」
と、僕は言った。
どうやら昨日の宿題を、白紙で提出しなかったのは、僕だけだったらしい。
先生の目は、口は、体は、「子供の悩みを相談する大人」の格好になっていた。少し目を潤ませ、落ち着いたトーンで喋り、準備万端、って感じ。
「さぁ、話してごらん。辛いこと、毎日のこと。なんでもいいから、ゆっくりでいいから」
え、別に何もないんですけど。
話すことも相談事も悩みも。
とりあえず少しおどけて、あれ、先生荷物は?母がシューズ届けてくれたんじゃないんですか?といった。
H先生は無言だった。
いつでもいいよ、喋れることから喋りなさい。言葉にしなくてもそう構えているのを感じられた。
え、だから、話すことなんてないんですけど。
とりあえず黙ったままではラチが明かないので、僕は「宿題」に対しての弁明をした。
皆が何かしら書かなきゃいけないものだと思ってたので、とりあえず小さなことを書いてみました、僕はいじめられているわけではないし、たま~にちょっと嫌だなって感じることを、無理矢理書いただけです、この子とは普段仲良く遊んでるし、仲悪いわけではないです……
そんな感じ。
僕が喋り終わっても、先生は眉一つ動かさず、僕を凝視してた。
なんか恐いな、いつもの先生と違うな、と思ってたら、先生が口を開いた。
「ねぇ、僕の目を見て喋って。先生、本気だから。Tも、本当のことを、隠さず喋って。」
なんか恐いな、が、明確で冷え冷えとした恐怖に変わった瞬間だった。
子供ながら僕は、
「この人が満足することを喋らなきゃいけないんだ」
と思った。
そのあと、何を喋ったかは、ほとんど覚えてない。
H先生とも、「宿題」に書いた友達とも、その後特に関係が変わったわけでもない。
ただ、あのとき先生の言った、
「先生の目を見て。」
という一言だけが頭に残って、今も恐いと思っている。