今日は普通免許取得にいってきましたー
落ちました(இωஇ )
実は昨日も行ってまいりました…
そう、2回目の不合格…(இωஇ )
流行りのゆとり感満載で恥ずかしい⁄(⁄ ⁄•⁄ω⁄•⁄ ⁄)⁄
ほんとは秀才なんだよ!
カメラ男のフォローに期待!
わたしって賢いよね!?(இωஇ )
それでね、一発合格の人は知らないだろうけど、
二回目以降の人は初回の人達と時間をずらしての試験になるんです。
つまりですね、二回目以降の人の周りは二回目以降の人たちってこと…
だから合格発表もみーんな二回目以降の人
わたしは仲間意識を感じた(〃'∇'〃)
そして更にその中でもまた不合格になったひとたち………
彼らはみな激しく悲しんだり怒ったりはしない。ただ結果を見つめて諦めの窺える顔で不合格者の列に並んだ。私とこの敗退者たちとは帰り道まで一緒である。当たり前だが、みな車が無いので同じ駅から同じように歩いてきているのだ。まるで平気そうな顔で彼らはーー否、私達はーーポッケに手を突っ込んで歩いた。気取った大股で。でも少しの恥ずかしさで下を向いて。(これは小さな見栄だ。仮性包茎の人が剥いてから銭湯に入るのと同じような見栄である。)
そんな私はこの上ない同族意識が芽生えた。今、この瞬間、ここにばらばらいる人達は同じ仲間なのだ。同じトキを生きる人達なのだ。いくら家族に、友人に、果ては恋人に慰められたところで、彼らは同じトキを生きてはいない。そいつらは免許持ちなのだ。たとえその中に自らより何度も免許試験に落ちた者がいようが、それは仲間ではない。この同じ会場で、同じ試験で、同じトキに不合格を宣告され、そして同じ帰路についている。そんな名も知らない私達だけが、私達の仲間であり同じトキを生きていると言えるのだ。
私達を真に慰められるのは私達しかいない。いくら別のトキの人達に優しい言葉をかけられても、決して交わることなくばらばらと歩く私達の存在という無言の慰めには敵わない。
今、私に優しいのはこの妙な空気感だけのように思えた。世界中のありとあらゆるものの中で、この空気感だけが私に優しい。それは春の始まりのように生ぬるい。彼らの背中は小さかったが(私の背中も同様、はたからみれば寒さで縮こまるペニスほどの大きさしかなかったろう)、次を生きようとする私にとって、それは十分な目印になり得た。
最寄りの駅についた瞬間、今まで一心同体だった私達がそれぞれの目的地のために別々のホームに散らばった。もう私達に私達は必要ないのだ。次を見るものに、慰めは要らないのだ。
ちゃんちゃん(๑╹ω╹๑ )
明日は受かるぞ!(๑و•̀ω•́)و
でないと土日のバイトにいけない~( ・᷄ὢ・᷅ )