思えば嘘ばかりついていた。

本当の事を口にしたことがあっただろうか。


幼稚園に入る前からだ。

おしめが取れる前


このことは無かったことにしよう、と思った。表沙汰にしたら居心地悪くなる。気が付かないふりをしよう。

気がつかない馬鹿な子として振る舞おう。


足が不自由になったことも

親の暴力と話したのはメンタルケアの専門家に対してだけだった。

28歳位の時に。


最後の心理士さんとのカウンセリング

長い知り合いで私はその心理士さんを信頼していた。

「あなたの話しはあなたの作り話にしか聞こえないのよ」

そう、心理士さんは言った

「だから誰にも本当の事は話さなかったんです」

私は答えた。


嘘をつき通した人生はあながち間違えではなかったと、今でも感じている。


脳内のワーキングメモリーが著しく低下した人生だったとしても。

生き残る為には必要だったのだ。


嘘に嘘で塗り固めた私の人生


もう、自分の能力限界を超えてしまっていた。


本当の事を明らかにしないと

日常生活すら不可能になっていた。


私が草履を履き和服を着用するようになったのは。


お洒落はしたいし、パンプスは履けないし。

間接的には親の暴力の影響が隠れて背後に流れている。


そんな事は露一粒も表に出さず。

今の私はチャラチャラと和服姿てお出かけをする。


いい気なもんだ

この不景気に。


思う人も居るだろう。


相手、人がどう思うかはどうにも出来ないことた。


思う人には思わせておけばよい。


私は足が悪くて洒落た靴が履けない

それも親の暴力のおかげだ


そんなことは誰も予想しない


私は今日もチャラチャラと和服姿て通院する。

親の虐待の後遺症を治療しに。