やっぱり自分には犀川教授のように何人もの人格が自分の中に存在していて
まぁそれは人類共通のことだと個人的には考えているが
最近 楽観的人格(自分の中の)が内向型慎重派の人格を押し殺そうとしている
と自分では感じている
たぶんその方がストレスもたまらないだろうし
メリットはたくさんあると思う
もともとが心配性の性格だったので
それくらいじゃないととても今のご時世
やっていけない
だがもともとの性格だってたまには必要なのだ
それをひきだしてくることができるかどうか
それが楽観的になってしまってからの
課題だと自分では勝手に思っている
そんなこと考えているやつなんていま日本にいるのだろうか
少なくとも一人はいるわけだから一〇〇〇〇〇〇〇〇人もいれば
あと2、3人はいるんじゃないかと勝手に妄想している
いま大学生じゃん。
やりたいことやんなきゃいけないわけじゃん
別に強要されているわけじゃないが
バイトなんかやってるひまあったなら
小説かいて100万円もらった方がいいに決まっている
時間はいくらでも見つけられる
現にいま夜中の3時なんだから
中学生のころなんか2時まで起きてて
明日学校なのにすげー焦ってたのを思い出すな
おれだって明日学校だよ
まぁ中学校と大学なんてぜんぜん違うけど
でもなんで中学校とか高校とか小学校とか
あんなにまじめに学校いってたのか不思議だよね
今思うと
だってぜんぜん休んでもいいのに
やりたいことやるときって
大学に限らず
学生のときだよね
だったら小学校から高校まで全部制度かえて
大学みたいにしちゃえばいいのにって思うけど
それじゃ教育制度が安定しないのは目に見えてるか
あっ学生って実は
大学生と専門学生にしか適用されない言葉って知ってた
だから小学生は学生じゃなくて小学生なんだよ
ほな
そろそろ小説読んで寝ますわ