子供が中学受験して2年経った。
居住しているところ、また世代的に「中学受験」を考える人たちが、比較的多い環境にいる。
なので、「子供」の話題の中に、「中学受験」という言葉がまあ比較的良く出てくる。
そして、必ず聞かれること。 「どこの学校に行ってるの?」
隠しても仕方がないから聞かれたら答える。 「○○だよ。」
まあ反応は様々w
ある時、「勝ち組だねぇ」と言われた。
「real intention」だからはっきり書きますが・・・・悪い気は正直しなかった・・。
で、ふと我に帰る。
自分の事ではないのに、自分の努力の成果でもないのに。
自分の中にいる、嫌な自分に唖然ともする。
でも、少なからず同じように感じる、子供が中学受験を経験した親もいると思った。
だって、「受験」だから、いくら格好いいこと言っても、学校選びの中に「偏差値」が介在している。
その先にある「大学受験」を透かして、学校を見ている。
そんな学校に合格したことを、「自慢」だと感じている。
「校風」は、偏差値や大学実績で選んだ「real intention」の言い訳ではないかと。
受験が終わってからの「経験者ブログ」でも、よく表現されている。
「難関校に合格した~」や「偏差値○○からの合格~」が枕詞のブログ。
そうアピールしないと読者もつかないし。
結局、「real intention」は勝ち組と思われたいんだ・・・。
自分の受験でもないのに、子供の努力の成果なのに、
これほどまで後味の悪い、微妙な気分になるものはそうないと正直思う。
特にこういうブログのような媒体を使って、表現をしている私のような人達は・・。
本来の「勝ち組・負け組み」の意味をご存知の方も多いであろう。
言葉の意味、使い方は時代の流れtともに変化していくので、それ自体悪いことではないと思う。
ただ、元々の「勝ち組」は、「負けているのに狂信的に勝ったを思い込んでいるヒト」であり、
「負け組み」は、「冷静に負けを認めている現実的なヒト」という意味を改めて考えると、
何やら非常に皮肉に感じる・・・。
改めて反省し、謙虚な気持ちで、これからも子供を導いていかないと・・・と強く思う。