そもそも任期満了が9月25日なのだから、わざわざお盆を挟む必要もなかろうが…と思うのだが、そこには全国最多7選目となる現職知事のしたたかな戦略があったのだった。
盆中も忙しい秘書稼業だが、やっと一日取れた休みを利用しての親戚の新盆参りついでに、6年ほど前まで同業者だった茨城在住の先輩と旧交を温めてきた。
そこで茨城県知事選挙(8/10告示 8/27投開票)の裏側をじっくり聞いてきたので書き留めておきたい。
まず、今回の茨城県知事選の構図だが、7期目を目指す現職の橋本知事(71)に、自民党推薦の新人、大井川和彦(53)、共産党推薦の新人、
民進党は早々に独自候補の擁立を断念し、前回に続きいずれの候補者も支援しない自主投票としている。
ただし、民進党の最大支持母体である連合茨城は、前回に続き橋本知事の推薦を決定している。
現職の橋本知事は、元自治省出身で、1993年、自民党や新生党などの推薦を受けて初当選。
以後も自民党の推薦を受けながら当選を重ねたが、5期目を目指す際に「多選」を理由に推薦を受けられないどころか、刺客を送り込まれることになる。
ここに茨城ならではの政界事情があった。
全国屈指の自民王国でもある茨城県には、東京都の内田茂元幹事長など足元にも及ばない“首領(ドン)”山口武平がいた。
県議会議員ながら、国会議員も頭を下げて媚びへつらうほどの力を持ち、麻生元総理とも親交が深いなど中央への影響力も大きく、長らく茨城の政界を牛耳ってきた人物である。
気さくで面倒見も良く、それなりの人物であったため、35年にわたり「山口体制」は続いたが、その終焉となったのが前々回(2009年)の茨城県知事選だった。
期数を重ねる中で、茨城自民党の言うことを聞かなくなってきた知事に対して、多選を理由に元国交事務次官の候補者を送り込んだが、結果はダブルスコア以上40万票もの差をつけられての大敗。
この時はちょうど民主党が政権交代を果たす衆院選と同日選だったため、自民党はダブルで大敗を喫することとなった。
山口武平は当時88歳にして自民党茨城県連会長を務めていたが、知事選、衆院選の敗北の責任を取って政界を引退した(現在も自民党茨城県連の最高顧問)。
この選挙では、自民系の首長や自治体議員が多数造反し、自民県連は内部に亀裂を抱えたままの戦いとなり、これが大きな敗因と言われたが、それは首長や議員が橋本という神輿を担ぎ、山口体制に挑んだ「乱」でもあった。
このショックが大きかったのか、自民党茨城県連は2013年の知事選では独自候補の擁立を見送っている。
そして今回の知事選。
自民党が満を持して擁立(公明党も推薦)したのが、経産省出身でIT会社「ドワンゴ」の取締役大井川和彦(53)だ。
県連を飛び越えて中央から送り込まれたとも言われているが、昨年の夏に出馬を決意してから、自民党県連がおんぶにだっこで駅立ちや各種集会を重ねてきた。
昨年夏から県内全域に自民党の各支部長(国会議員や候補予定者)との二連ポスターも貼り出されている。
ご存知の通り、都知事選で大敗を喫した自民党にとって、内閣改造後初となる今回の茨城県知事選での敗北は、政権に対する更なる打撃になると、菅官房長官の肝いりで必勝に向け並々ならぬ力を入れてきた。
今回の安倍改造内閣人事にもそれは表れている。
菅官房長官が“政治の師”と仰ぐ、故梶山静六氏の息子で自民党茨城県連会長の梶山弘志を地方創生担当大臣に菅人事で入閣させたのは、間違いなく今回の知事選に対するテコ入れである。
小泉進次郎はじめ幹部クラスが現地に入るなど、菅官房長官の力の入れ具合が相当なものであることが伺える。
もっとどす黒いテコ入れは、自民党所属の県議会議員45人に対する「実弾」支給である。
県議会の3月議会中に100万円、6月議会で30万円と、2回にわたり計130万円、総額にして6000万円近い現ナマが支給されたという。
友人によればまったく珍しいことではなく、ある自民党参議院議員の話をしてくれたが、選挙の際、県議会議員に応援してもらうには、ただ頭を下げただけではダメなのだそう。
実弾として100万円を配らなければ「お願いされた」にならないので、県内を一周すると5000万円近いお金が出ていく、と嘆いていたという話をしてくれた。
更に、(今回の実弾支給で)ある地区の県議会議員が支援者と夜な夜な宴席を設けているとのもっぱらの噂だという話もしてくれた。
今回は県連を通じて手渡されたものだったようだが、このお金が県連から出たのか、中央から出たのか定かではなく、党本部の力の入れ具合からして後者である可能性も高いようだ。
このように県議に対しての引き締めを図る自民党だが、内実は三分の一近くが、裏で現職支持に回っており、決して一枚岩にはなっていないのが実情のようだ。
果たして戦況はというと、自民、公明、民進ともに調査を行ったようだが、いずれもほぼ互角の戦いとのこと。
その差は0.数ポイントの差だという。
そこで、冒頭の選挙日程である。
なんでお盆を挟むような、運動員にとっても大迷惑な日程にしたのかといえば、これは間違いなく現職知事の戦略である。
知名度の低い新人が名前を覚えてもらうためには、街宣車での連呼も大切であると読んでのことだろう。
さすがに盆中に大音量の連呼はヒンシュクを買う。
いくらかでも新人に不利な日程にしたかったというわけだ。
しかし、私は大した争点のない今回の知事選の投票率を考えると、選挙日程はさほど勝敗に大きな意味を持たないと思う。
確実なのはやはり組織票だからだ。
“勝ち馬に乗りたい”業界団体も今回の選挙は頭を抱たようで、告示間際まで推薦が決まらない団体が多かったという。
そんな状況なので、業界団体内も一枚岩とはなっておらず、動員で(推薦を決めた)各候補者の街頭演説や集会に顔は出すものの、投票行動に結びつくかは疑問のようだ。
さて、最後に茨城県民にとっての今回の“本当の”争点はどこかに触れてみよう。
現職の橋本知事は、前任の竹内知事が汚職で引退した経緯もあってか、この24年間黒い噂はまったく聞こえてこなかったそうだ。
しかし、「クリーン」ではあるが、県の魅力度ランクキングで調査開始以来全国最下位を維持し続けるなど、明確な成果を挙げているとは決して言えず、さすがに7選目ともなれば県民からも多選批判は免れないという。
71歳という年齢もあり、「そろそろ代えるべきでは?」という声も多いらしい。
では、新人の大井川ではどうか。
経歴的にも申し分のない候補者ではあるが、今回の戦い方を見れば、自民党丸抱えであることは間違いなく、そもそも5期目の「橋本下ろし」が、言うことを聞かなくなった知事に対する報復であることを考えると、自民党の傀儡(かいらい)となることは明らかである。
経産省にいたといえ、IT企業の人間では政治の世界はまったくの素人。
自民党に担がれた選挙しかできなかったことからもそれは明白である。
山口の薫陶を受け、政界の手練手管を知り尽くした県議が大井川を取り込むことなど朝飯前だろう。
既に自民党県議会議員の中には、虎視眈々と「第二の山口武平」を狙っている議員がいるという。
友人曰く、いずれにせよ、茨城県民にとって今回の知事選は夢のないものとなりそうだというのが結論である。
組織戦ではあるものの、これだけ僅差の勝負となると、勝敗を左右するのが浮動票であることは間違いない。
加計学園問題や森友学園問題、稲田大臣はじめ閣僚の失言などにより、自民に対する逆風の中戦う新人と、多選への批判に晒されている現職のいずれを茨城県民は選ぶのか…27日の投票日が楽しみである。
書き忘れていたが、共産党や新社会党が推薦するもうひとりの鶴田真子美候補だが、都知事選の「都民ファースト」のような反自民の受け皿となり得る可能性もなくはないものの、調査の結果を見ても勝敗レースでは蚊帳の外といった状況だという。