文章散らかるのはごめんなさい。

また振り回されている定で試されている。

自分の白知を呪わしく思う。

知れば知る程えぐれる。

21歳で人は大きく変化し、責任をもたなければいけない。と、彼は言った。

わたしは、21歳で彼に出会い人生が変わってしまった。
考えも、生き方も、クーデターにあったかの如く変わってしまった。

知らないままだったら、と思うと恐ろしい程の過去。

変われないもの、辞められ無いものはビールだけだ。

辛くて、辛い毎日にまた試練が来る。

村上龍は言った。
この国にはなんでもある、しかし希望だけが無い。

希望という言葉の意味すら理解できなかった私は、生の希望を見て初めて理解した、この言葉の意味が痛い程つたわる。


この先、私たちの生ぬるい普通はひっくり返る気がしている。

どんな国、どんな時代にあっても美しいものを追い求める。


たまに、事ので大きさ故に夢なんではないかと錯覚する。

これが今、今がこれ。

あの時と何も変わらない。






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弱音であり本音。

彼の事を好きになり過ぎた。

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なんなんだろう。

自分にイライラする。

彼に出会って人生変わって、もう戻れなくなって、今は辛い毎日です。

彼等はぶっとんでて、今まで生ぬるい日本で育ったあたしには到底理解出来なくて、軽率な行動と言葉しか吐き出せません。

これが現実なんだ。

確かに、私の求めて来たものはこういうのかもしれない。
今はひとつひとつが全て勉強みたいで、その課題ひとつひとつはすごく辛くて、心が疲れ果てています。

今まで感じたことの無い感情がでてきて、それに比例して考え事も増えていく。

トルコに行って思い知った、無知が生んだ全ての誤ちを彼がぬぐってくれた。

鶏小屋の中で生まれて、育った馬鹿な鶏を喰うのは簡単だ。

ぞっとする。

でも、彼にこの鶏小屋に留まって、生ぬるく一緒に生きて欲しいと望むエゴイストです。

彼をみていると、本を読んでるような気分になれます、もし彼が150年前の人間だったら、あたしは彼についての本を買っただろう、新撰組が好きなように彼を好いただろう。
歴史について知る時みたいな、そんな感覚。
しかし、生ぬるく生きていると消えてしまう。
あたしのエゴが通ったら、本は買わないし知ろうともしないだろう。

代償は大きい。



つまり、あたしはどこにでも彼に着いて行く事に決めました。

今まで追い求めた夢の先を鶏小屋の中で見つけてしまった、居ながらにして。
追い求めるものが変わった。

恐くても歩く。


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