今日は、少し長く過去の話を書いてみようと思います。
もう終わった、あるひとつの関係についてです。
名前は出しませんし、誰かを特定できるようなことも書きません。

 

この話は、誰かを悪者にしたいからではありません。
ただ、自分の中で整理できたこと、
そしてその関係から学んだことを、
今の自分の言葉で残しておきたいと思いました。

 

その関係の中で、僕は「合わせること」が多かったと思います。
相手の気分や状況を優先して、
自分の考えや違和感を後回しにすることが、
いつの間にか当たり前になっていました。

 

最初は、それを「思いやり」だと思っていました。
関係を壊さないために必要なことだと、
自分に言い聞かせていた部分もあります。

 

でも、今振り返ると、
そこには少しずつ無理が積み重なっていました。

 

言いたいことを飲み込むことが増え、
説明しても理解されないかもしれないと思い、
次第に話すこと自体を避けるようになっていました。

 

何か問題が起きても、
「自分が我慢すればいい」
「自分が変わればうまくいく」
そう考える癖がついていた気がします。

 

その時は、それが不自然だとは思えませんでした。
関係の中にいると、
少しずつズレていく感覚には、なかなか気づけないものです。

 

関係が終わって、時間が経って、
ようやく冷静に見られるようになったとき、
いくつか大切なことがはっきりしました。

 

・我慢が前提になっている関係は、長く続かないこと
・安心よりも緊張が多い関係は、心をすり減らすこと
・自分の感覚を疑い続けると、自信がなくなっていくこと

 

そして何より、
「好き」という気持ちだけでは、
健やかな関係は成り立たないということでした。

 

尊重されている感覚、
安心して本音を話せる空気、
間違ったときに責め合わずに向き合えること。

 

そういう土台がなければ、
どんなに想いがあっても、
関係は少しずつ歪んでいきます。

 

今はもう、その関係を後悔だけで捉えてはいません。
あの経験があったからこそ、
自分の限界や、大切にしたい感覚がはっきりしました。

 

もし今、
理由ははっきりしないけれど、
「なぜかいつも疲れてしまう関係」にいる人がいたら、
自分の中の小さな違和感を、無視しないでほしいです。

 

過去は変えられません。
でも、そこから何を学び、
どう生きていくかは、自分で選べます。

 

この経験が、
これからの自分を守る静かな指針になってくれることを、
今はそう信じています。

 

今年もよろしくお願いします