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美由樹@アファメーション研究中

アファメーション研究中です。気の向くままに書いています。

今朝、SNSで友人のお母様が亡くなられたとの投稿がありました。

私も大変お世話になった方で、第2の母のような存在です。近年は長く入院することが多かったようでした。

特に病気で亡くなった方の訃報にあたっては「これが寿命だったんだな」と思えることがあります。

 私の父はコロナ騒動が始まった頃に亡くなりました。葬儀が終わって費用の支払いのことなどで葬儀場の方とお話していたところ、父の葬儀の翌週から家族しか葬儀に参列できなくなってしまったとのお話がありました。父の葬儀には実の兄弟である叔父叔母とその家族、晩年まで交流のあった昔の仕事仲間、私の母の兄弟夫婦(伯母、叔父夫婦)が参列しました。父が見送ってほしかった方々、父を見送りたいと思っていた方々が揃う最後のチャンスでした。

 私の母方の祖父も病気でだんだん弱って余命4カ月と宣言され、その通りになって亡くなりました。最後はモルヒネも効きにくくなっていきました。もっと生きてきてほしかった気持ちはありますが、あれ以上生きていても苦しいだけだったかもしれません。やはり寿命だったのでしょう。

 

伝道の書3章に以下のような節があります。

あめしたのすべてのことには季節きせつがあり、すべてのわざにはときがある。

うまるるにときがあり、ぬるにときがあり、えるにときがあり、えたものをくにときがあり、

ころすにときがあり、いやすにときがあり、こわすにときがあり、てるにときがあり、

くにときがあり、わらうにときがあり、かなしむにときがあり、おどるにときがあり、

いしげるにときがあり、いしあつめるにときがあり、くにときがあり、くことをやめるにときがあり、

さがすにときがあり、うしなうにときがあり、たもつにときがあり、てるにときがあり、

くにときがあり、うにときがあり、だまるにときがあり、かたるにときがあり、

あいするにときがあり、にくむにときがあり、たたかうにときがあり、やわらぐにときがある

 

一日も長く生きてほしい気持ちはありますが、死にもタイミングがあるのですね。