時間が開いてしまったが、
三連休の二日目、三日目に宮城へいった。
大学時代からの友人のまやに会いに。
彼女は卒業後、東北大学の大学院へ進み、現在博士課程。
中国文学を極められておる。
わたしの目的はまやに会いに行くこと以外に何もないのだけど、周りの人に仙台にいくと言うと、みんな一様に少し驚いた顔で「なんで?」と聞く。
ああ、そうか。
宮城は被災地だ。
仙台の少し北にいけば、ニュースだ新聞だと散々報道されている地名の数々がある。
ボランティアかなにかと思われても不思議ではない。
わたしは無頓着すぎるのか、
そういういわゆる被災地に行く気はなく、
松島の絶景と牛タンだけをひたすら楽しみにしていた。
初日は松島へ。
東京から仙台は約二時間でついてしまい、仙台から松島へは電車で40分ぐらい。
松島海岸から先はまだ電車が通っていないということだった。
松島にはたくさんの無人島があり、それが津波の被害を和らげた。
なので街全体はわたしの目には至って平常にみえた。
少し工事が多いな、と感じるぐらい。
それでも古い建物は倒壊したり、壊さなくてはいけなかったので、営業停止を余儀なくされたお店もたくさんあるそうだ。
ここもまた、被災地なのだ。
正確には、被災地だった、のだ。
どこかのお土産ものやさんでは「被災地から支援地へ!」と書かれた看板がかかっていた。
前向きな目線にはっと行きを飲む。
Android携帯からの投稿
三連休の二日目、三日目に宮城へいった。
大学時代からの友人のまやに会いに。
彼女は卒業後、東北大学の大学院へ進み、現在博士課程。
中国文学を極められておる。
わたしの目的はまやに会いに行くこと以外に何もないのだけど、周りの人に仙台にいくと言うと、みんな一様に少し驚いた顔で「なんで?」と聞く。
ああ、そうか。
宮城は被災地だ。
仙台の少し北にいけば、ニュースだ新聞だと散々報道されている地名の数々がある。
ボランティアかなにかと思われても不思議ではない。
わたしは無頓着すぎるのか、
そういういわゆる被災地に行く気はなく、
松島の絶景と牛タンだけをひたすら楽しみにしていた。
初日は松島へ。
東京から仙台は約二時間でついてしまい、仙台から松島へは電車で40分ぐらい。
松島海岸から先はまだ電車が通っていないということだった。
松島にはたくさんの無人島があり、それが津波の被害を和らげた。
なので街全体はわたしの目には至って平常にみえた。
少し工事が多いな、と感じるぐらい。
それでも古い建物は倒壊したり、壊さなくてはいけなかったので、営業停止を余儀なくされたお店もたくさんあるそうだ。
ここもまた、被災地なのだ。
正確には、被災地だった、のだ。
どこかのお土産ものやさんでは「被災地から支援地へ!」と書かれた看板がかかっていた。
前向きな目線にはっと行きを飲む。
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