【感覚過敏(or鈍麻)かなと思うこと】


触覚


・ブラシを床に置き、ブラシ部分の上に足の裏を置いて軽く踏みながら前後させたり。ブラシ以外にも凸凹な部分を踏み踏みするの好き。


・私の手をクレーンで自分の足裏や手のひらに持っていき、マッサージを促す。


・顔や体が密着するのを嫌がる。


・特定のタオルをしばらく指先で触り続ける。


・壁に背をつけて立ち、前後に揺れたり左右に揺れる。


聴覚


・踏切音、救急車、スマホのゲーム音、アンパンマンなどの好きなテレビの音などに敏感で、小さい音量で流してもすぐ飛んできたりする。



【こだわり?】


・ミニカーやフォークなど、右手で掴んだままウロウロ歩き回る。無理に取り上げると悲しそうな声を出すけど切り替えは早い。


・踏切や電車の動画を食い入るように何十分でも見続ける。


・近所の散歩でも、自分の行きたい道順があり、反対に曲がろうとすると抵抗して泣く。が、無理に曲がっても比較的すぐに諦める。



1歳半頃〜110ヶ月の間に成長したこと】


・手を繋げるようになった。なんなら自分から手を差し出して繋ごうとしてくる。


・外で走ろうとすると、以前は転びやすくしょっちゅうおでこにたんこぶが出来ていたが、転ばないようになった。


・オムツを履く時足を上げるようになった。


・食事の際、美味しい時は笑顔になったり嫌いなモノは手で制してノーを表現するようになった。(以前は口に入れればなんでも食べていた)


………

【今私が思うこと】


自閉症だ!と確信してからもうすぐ半年。


それまで発達障害なんて考えたこともなかった状態から、

「あれ?なんかおかしいぞ?成長止まってない?というか退行してない?」と思って検索魔になり、一晩で、「この子は自閉症だ!」と確信した。


そこから1ヶ月はしんどかったな〜。

毎晩というより隙あらば「自閉症」と検索しては泣いていたな。

「この子は一生誰にも理解されずに生きていくことになるのか」と。

けど、数々のブログを読んだりして私が早い段階で決意したことは、


・とにかく自分が一番の理解者になる!

・なるべくフランクに周りに打ち明ける!


ということ。


まず、たいまるの姉ちゃん(当時6歳)にはすぐに話した。

「たいまるはこの先話せないかもしれない。周りの子のように成長しないかもしれない。」と。

大泣きしながら(Д`)


「障害があろうとたいまるはたいまるだから」と優しく受け入れて、私を励ましてくれた。。姉ちゃんには普段からダメな母の姿を見てるから私に優しい(T-T)


友達(ママ友含む)にも「たいまるが自閉症だと思ってる」と打ち明けるのも、初めのうちはなんたがすごく勇気がいった。

リアクションに困るのも想像出来たし、たいまるを見る目がそれまでと変わっちゃうかなという不安もあった。

自分が逆の立場なら、どんな言葉が相手を傷付けてしまうのか分からず、やはりどうリアクションしたら良いのか考えてしまうと思うので。


「そうなんだね。」と親身になって話を聞いてくれる人もいれば、「え!そんな風に見えないよ!」という人もいたり、反応は様々だったけど、幼稚園の先生に発達障害の可能性を指摘されたとか、小さい頃発達障害を疑っていたという人が思いの外いたことに驚いた。

発達障害って身近にある話だということに改めて気付かされた。


自閉症だなと確信した後は、暗い気持ちに包まれる事が多い日々だったが、変な言い方だけど、「我が子が発達障害なら親の私も当事者側になれるんだ」という喜びのような気持ちもあった。

それまでは、例えば障害を持つ人のドキュメンタリーを観ると心が揺さぶられて涙が出るのだけど、一体どういう気持ちになるのが正解なのだろう

障害かなと思われる人に遭遇した場合は視線を向けるのは失礼だから見ないようにするのが正しいのか? など、何が正解かわからなかった。

私は障害を持つ本人ではないし、個人個人で嫌なことや傷付くことは違うだろうから正解はないのだけど… でも、障害者は見ないふりをされるのではなく、世間のマイノリティとして「こういう人がいる」と周知されることがまず大事だと今は思う。

コミュニケーションが困難な自閉症の人を他人が理解するのはすごく難しい。

身内に自閉症者がいるとか、自閉症者に関わる仕事をしているとかではない限り、どういう障害なのか深く知る機会がないと思う。

自閉症だけでなく様々なマイノリティ側の人たちがいる中で、全ての人を理解し自然に受け入れられる世の中が理想だけどみんな自分の事でいっぱいいっぱいだし、そんなの実際無理な話。

その理想の世が実現されるには、まず人々の心にもっともっと余裕が必要。

でもこの合理主義の社会でそれを望むのは難しいだろうなと思う。


もちろん今でも「将来どうなるんだろう」と考えたら不安はあるけど、とにかく、先のことは必要以上に考えないで、今を生きるということを楽しみたいと思う。

なんとなく日々消費していた自分がそう気付かされたのもたいまるがいたからだし、たいまるのおかげで間違いなく世界が広がった。

ありがとう、たいまる!!

これからも楽しい・嬉しいをどんどん追求していこうね!