『言葉』は色々なモノに姿を変える。


人に感謝や祈り、祝福を込めた『言葉』は『祝い』になり、逆に、人に怒りや哀しみ、呪怨を込めた『言葉』は『呪い』に変わる。



『祝』と『呪』、同じ字を使ってるけど、左の部首が変わるだけで、正反対の意味になる。


私の人生の見方を変えてくれた恩師の言葉に、

『脳は主語が分からない』との言葉があった。

私が、誰かの悪口や愚痴、相手に『呪い』を吐いたら、相手にも『呪い』が通るが、『脳は主語が分からない』から、自分にも『呪い』が還ってきてしまう。


『人を呪わば、穴2つ』、相手を呪うと、相手と自分の墓穴が出来る、だったかな?

まさしく、『呪い』は相手だけじゃなくて、自分にも還って来るのだなと思った


じゃあ、相手を『祝う』と、相手だけじゃなく自分も『祝える』のだろうか?

多分、そうだろう。

だって、『脳は主語が分からない』のだから✨


じゃあ、『祝い』だけが必要かというと、そうじゃない。

『祝い』と『呪い』、両方あって初めて、自分が相手の事をどう思っているのか分かるんだと思う

だって、人間は『善悪』『陰陽』揃って人間だから




っていうことを、ビールを呑みながら、ツラツラと考えていた口笛