2012年、離婚により子供たちと離れてしまった私。
岩手⇔東京の遠距離での壁は厚く、コッソリ会いに行くのも難しい状況でした。
それでも、6年の歳月を経て2018年、次女と再び一緒に暮らせる日々が訪れました。
長女は当時既に大学に進学し、夫の実家を出て小さな自由を手に入れていました。
奇跡でも起こらない限り無理だと思っていた出来事の経緯を綴っていきます。
2017年の春のことでした。
私はある提案を前の夫に投げかけました。
「子供たちに会いたい。泊りがけで東京に姉妹だけで来てほしい」というメールを送りました。
当初は3泊4日を希望していましたが、夫から2泊なら良いと返事がきました。
その代わり、私と夫の家に宿泊は禁止。ホテルを予約すること、との条件がつきました。
私は娘たちに我が家に泊まって欲しかったけれど、
事態がこじれるのは嫌だったので条件を受け入れました。
家から割と近くのホテルを予約し、新幹線のチケットを2人分用意しました。
私はとにかく娘たちと少しでも長く一緒にいたかったので、
結果的には自分もホテルに泊まりましたが、、、
でも、この時の娘たちの上京が、後々の大きな変革への第一歩となったのです。
当時は私自身ですら、予想していなかったことですが。
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当時の私のことを少しお話しします。
2012~2013年に綴っていたこのブログを読んで頂くとわかるのですが、
離婚して東京に戻ってきた後は、介護職をしていました。
介護職は初めての経験で右も左も分からず、
ただ生活の為に必死で働いていました。
有給はありましたが、おかげさまで健康で仕事を休むこともなく、
介護職から離れるまで有給がしっかり残っている感じでした。
私は2013年の初夏から今の夫と同居を始めました。
今の夫は年下でしたが、とても、、、何というか、情が深く、でも生き方に関しては
しっかり目標を持って前へ進む人でした。
勉強家でもあり、私は未だに夫のことを人として尊敬しています。
このような人に出会えて、後々再婚して一緒になれたことはとても幸せなことです。
子供たちのことも何度となく相談に乗ってくれました。
最終的に次女と暮らせるキッカケになったのは今の夫の存在だったのです。
後々お話し出来ればと思います。
話が飛びましたが、私は2014年の春に介護職を辞めて事務職に転職しました。
もともと事務系の仕事をしていたので、割とすんなりと決まり、
夜勤なども無くなったので生活パターンも一定リズムを保てるようになりました。
その後、転職はしましたが、今現在も事務の仕事をしています。
コロナ禍なので月の半分はリモートワークです。
年内はこのペースで働くと思います。
リモートワークのおかげで体力的にも時間的にも割と余裕が出来たので、
ブログもサクサクと更新していけたらいいなと思っています。
長くなりましたので、今夜はこのへんで!