誰かの幸せが、あなたの幸せのカタチになるとは限らない。

 

幸せとは、誰かが決めるものではなく、「自分」が決めるものだから…

 

 

あなたは、あなたが思っているほど、強くもないけど、あなたが思っているほど弱くもない。

 

それが、あなたの素晴らしさでもある。

 

 

どんなに貧しくても、笑う子どもたちがいる。

どんなに裕福でも、笑えない大人たちもいる。

 

幸せのあり方に、基準なんてものはそもそもない。

 

世間が、親が、周りの友だちたちが、雑誌がいう幸せ…

 

 

まだ観ぬ世界が、どれ程あるのかわからない。

まだ見ぬ世界であなたに出会えるかもわからない。

 

 

どんなことがおころうとも、

人生はいつだって生きている「今」が始まりであり、

この「今」がある限り、終わってなんかいない。

 

 

大切なのは、できるかできないかを悩むことではなく、

「自身」をもって生きること。

 

 

今、もとめている幸せは、本当にあなたの求めている

幸せですか?

 

 

誰かの決めた、幸せのカタチを自分の幸せと勘違いして

求めようとしているだけで、ところどころに矛盾がでて

いたりしませんか?

 

 

少しでも迷ったなら、「私意識」に戻ってみればいい。

 

 

友人、仕事、恋愛、趣味、etc...

 

 

全ての考え方は同じである。

 

 

人生はシンプルでいい。

難しい時、悩んだ時ほど、シンプルに考えればいい。

 

 

ただし、人は一人で生きているわけではないので、

シンプルに考えることが難しいときもある。

 

 

でも、だからこそシンプルに考えることが大切になる。

 

 

この「シンプルに考える」ということは、
「自分の心に正直な答え」を出すということ。

その考え方が
どうであれ、たどり着くのは自分の心が
「何を」大切に
したいか?
という想い、たった一つでしかない。

 

 

シンプルになれる強さ。

 

 

そんな気持ちを大切にしてほしいと思ふ。

笑えるのは、楽しんでいる証拠。

 

怒るのは、真剣だった証拠。

 

喧嘩するのは、一緒だった証拠。

 

つまづくのは、進んでいた証拠。

 

裏切られるのは、信じていた証拠。

 

失恋するのは、愛していた証拠。

 

疲れたは、頑張ってた証拠。

 

失敗したは、挑戦した証拠。

 

もうやめようかな?は、まだ希望を捨てずにいた証拠。

 

素直になれないは、それだけ愛している証拠。

 

もういい…は、全然よくない証拠。

 

大丈夫。は、全然大丈夫じゃない証拠。

 

 

 

いつもへらへらしている人は、過去に何かあった人。

 

よく笑う人は、よく泣いたことがある人。

 

よく大丈夫という人は、よく無理をしている人。

 

よく強がる人は、よく我慢している人。

 

 

 

幸せな人は、幸せを知っているから優しくなれるし、強くもなれる。

 

努力する人は、希望を語り、怠ける人は不満を語る。

 

 

泣きたかったら泣けばいい。辛かったら頼ればいい。

 

我慢できなくなったら、我慢しなくてもいい。

 

 

笑うのに疲れたら、無理して笑う必要なんてない。

 

読まなくちゃいけない「空気」なんて、この世の中にはない。

 

 

「明日笑えるか」を悩むより、「今日少し笑ってみよう」と思う方がいい。

 

立ち止まることは、悪いことなんかじゃない。

 

 

辛いとき…苦しいとき…ただ休めばいい。

 

 

そして、自分を見つめなおして、もう一度歩けるようになったら歩き出せばいい…

 

 

自分で答えが出るまで考えてもいい。

 

誰かから応えをもらってもいい。

 

 

一度きりの人生なのだから、やりたいように生きればいい。

 

 

全ての出来ない理由を決めているのは、自分なのだから…

 

全ての問題をややこしくしているのは、自分なのだから…

 

 

世の中の仕組みは、以外にシンプルに出来ているのだから…

 

 

 

生きることに疲れたら、ただ、休まばいい。 

だいぶ前の話ですが…
歌なども含め「オンリーワン」という言葉が流行りました。

 

先日、ひとと話していて、
このオンリーワンについて気になることがありました。

 

「オンリーワン」というと…
=「あるがままの自分」的な考えの方が多い気もします。

 

で、「あるがままの自分でいい」=「自分を変える必要がない」
「そのままでよい」的な認識も多い気もします。

 

 

これって、自ら壁を作り、自分の成長を止めてしまうひとも
多い都合のよい解釈ではないかと…

 

 

人間の細胞というものは、1年間で90%が入れ替わります。

細かく言えば、9年周期や12年周期などの問題もありますが…

 

 

単純に考えたら、
「今」の自分と1年後の自分は違う細胞でできている。

 

よって、今の自分に満足していないのなら、
誰でも変化は出来るということ。

 

 

その変化は、「成長」することも当然可能なのです。

 

 

1年前の自分と、明らかに違う自分が今存在しています…

 

 

本物の「オンリーワン」を目指せばいい。

 

それは、行動あるのみである。

あなたはいま、幸せを実感しているだろうか?

 

自身を愛することが出来ているだろうか?

 

胸を張って『好きだ!』と言える方も少ないと感じる。

 

 

なぜなら、自分を愛する手段として、
『別人への生まれ変わり』を望む方が多い。

 

 

しかし、いくら望んでも「憧れの○○さん」にはなれない。

 

 

自身が『このわたし』であることを受け入れるだけで、
途端に『幸せ』は近づいてくる。

 

 

あなたは『あなた』であればいい。

 

 

ただし『いまのままのあなた』でいていいのかというと、
それは違う場合もある。

 

 

現時点で、幸せを実感できずにいるのであれば、
『このまま』でいいはずはない。

 

 
そんなときは、立ち止まるのではなく、
一歩前にふみださないといけない。

 

 

誰かの様になりたいと思うのは、
『なにが与えられといるか?』に囚われているから…

 

 

大切なのは、『なにが与えられてるか』ではなく、
『与えられたモノをどう使うか』に注目するべきこと。

 

 

生まれながらの不幸などは存在しない。

 

なぜなら、今のあなたが不幸なのは、
自らの手で『不幸であること』を選んだのだから…

そんなカラクリに気づいてほしい。

地震ネタや放射能ネタは、他に書いていたりするので、コチラでは犬猫支援のみで、
すっかり放置しておりましたが・・・

私は、現在日立市でカフェを営んでおりますが、現在もフリーのジャーナリストとして
いくつかの放送番組や映像作品にも関わっており、今回の地震災害、放射の問題に
関しても、過去にチェルノブイリ他の取材時に実際に見聞きしたこと、自身で調べたこ
と、識者の方々に確認したことなどを元に、現在の科学や思想での考え方も踏まえた
上で、『実際の状況は、どうなのだろうか?』という部分、事実を把握するために、様々
な研究結果や意見、捕らえ方などを確認しております。

そこで、私なりに今朝の報道を見ていて気づいたことが数点あり、ちょっと、誤解をされ
て捕らえる恐れのある報道もありましたので、こちらにも書いてみます。

安全安全を繰り返してきたTV報道でも、一斉に放射線測定を扱うようになってきた点と、
危険意識を持った大学教授及び解説員などの出演や意見が多くなってきたことは良い
ことだとも感じています。

ただ、今朝の某六本木局の報道では、子どもを心配するお母さんたちは迷うことにも
なるような気がしました。

基本ベースとして、「東京都が行った都内の放射線測定」を報じており、それを元に年間
被曝量の計算式を提示し、年間線量の「我慢が出来る範囲」的な話をしていましたが、
その空間線量に関しては、0.08~0.35位の数値をもとにしていました。

で、計算方法として・・・
自然被曝が、年間1.5mSv、人工放射線限度が年間1mSvなので、合計2.5mSv/年間まで
は浴びてもいい・・・で、それを逆算すると、365日(8760時間)で割ることにより、1時間に
浴びていい数値が出てくることになりますが、0.285μSv/hまで良いとの報道がなされま
した。

概算での空間線量の計算式としては、間違っては居ないとは思います。


・・が、単純に、0.285μSv/hを基準としていいのか?には、少々疑問があります。
いや、研究者や専門の教授などに言わせれば、「間違い」との声も出ることもあるでしょう。

しかも、全国放送で流れた情報、その脇には、原子力が専門の有名教授がおられる・・・
誰だって、これが基準だと信じるしかありません。

しかし、自らメディアの世界に関わりながらも、上で書いたように私には疑問があります。

その考え方というと・・・
「自然放射線」の年間1.5mSvの被曝は、その2/3は内部被曝という見解があります。
空間線量からの外部被曝として考えると、2/3を内部被曝として考えた場合、残りの1/3で
ある0.5mSvが外部被曝となる計算となります。

政府でも安全院でも、安全基準などと発表するメディアもありますが、人工放射線に関し
ては、「ある基準以下は安全」などというものは無く、どんなに小さい数値でも「安全」なの
ではなく、「我慢できる数値」でしかないとも思っております。

その数値は、法律で定められている年間1mSvを基準にしないといけない。


話を戻しますが・・・

行政以外の団体や個人でも測定が進み、行政発表の数値よりも大きい数値も出ています
ので、本来はずべての数値で計ったった上での結論がいいとも思われますが、ややこしく
もなるので、ここでは、先の東京都で計った空間線量から見た「被曝限度量」を計算してみ
ます。

まず、自然線量が0.5mSv、人工線量が0.5mSv=合計1.0mSvとなり、1年で割ると0.11μSv/h
となるかと思います。

内部被曝を含む以上、現在世の中に出回っている放射性物質が含まれる野菜や魚貝類が
あるため、内部被曝は2/3と考えるのが妥当とも思えます。そうしてみてみると、結果として
2倍以上変わってしまっては、目安となる基準値にはなりえない気がしました。
さらに、高濃度物質が降り注いだ3月15~16日分の被曝量や4月の数日など、最近になって
明るみになってきた高濃度の線量、とりわけ地面からの放射は、コレには加えていない考え
での数値です。

不安な方のために、放送内でわかりやすく「安全基準」(安全ではないが)を見える形(DATA)
として出してきたという経緯と発表自体は認めますが、鵜呑みにした場合に子どもさんなどに
害が及ぶ恐れがある数値である以上、全国放送で発表するからには注意が必要と思う。

また、それ以前に、東京都の測定値の各地域においても、0.11μSv以上を計測する地域も多
数存在し、法律的な面でみれば、情報の公開や避難などの処置を行っていない地域に関して
いえば、「違法」ということにもなります。

さらに、高濃度放射線量を記録し、各地に降り注いだ物質は、今も尚、放射線を出し続けてい
る物質も存在しますので、チリや埃に混じって、体内に入ることも、食べ物から入ることも考え
られ、内部被曝量に関しては、それらの数量、日数計算もプラスして初めて、実際の被曝量に
近い数値になるとも思います。

それら、3月中旬から4月に掛けてのDATAでの計算式など、どこの局でもまったく公開する
事も無く、計算に入れ込むという思考すらないというのが現状ではないでしょうか・・・

外部被曝のみの測定値をつかい基準を出していること、その計算式に使う各DATAなどの考え
方に幾つもの研究結果や危険度合いがある以上、それらを考慮しない限り「安全値」として発表
することは少々、危険な気がします。

メディアの体質として、「事実をつたえよう!」と「公的DATA以外は責任が問われる」とする板ば
さみ的な部分、またよほど様々な見方からの情報や研究結果などを目にしていないディレクター
やプロデューサーが担当となった場合、確認・確証を得た専門家の見解にて左右されてしまう
点なども、「嘘ともいえないけど、正しくは無い」という情報が出る結果ともいえます。

どのDATAを信用するのか?また、様々な意見があるのであれば、ベースとして考えるDATA
の根拠と、他のDATAとの比較やソコまでの時間が無いのなら、情報としてそれらを発表した
上で、ベースとするDATA(東京都計測のDATAなど)を紹介するのがメディアとして、ジャーナ
リストとしての筋とも思う。

全国放送である以上、そして生死の問題も絡んでいる問題を取り扱う以上「間違えでした」で、
TV局としても済ませられないとも思います(が、済ませちゃうんだろうなぁ)し、鵜呑みにした方が
安心してしまい、お子さんたちに危険が出る可能性もあるのに何も対策しくなることは恐ろしい
ことであり、更に様々な角度から検証した上で公開すべき問題だと思います。


余談ですが、政府の見解を左右する学者や安全宣言している方々についても、必ずしも『嘘』と
はいえない根拠に基づくDATAや考え方もあるのは事実だとも思います。

Twitterなどでは、叩かれまくっている方々の意見だって、根拠をしっかり見据えれば、うなずく
部分もある。特に放射線に関しては、医学的根拠や科学的な見方など、様々な場面の見解に
より、「安全線量」(本来は、「我慢できる線量レベル」)の数値は変わってくる。

たとえば、
放射線治療を行っている技師や医者の立場からすれば、現在降り注いでいる数値や多少の
内部被曝量に関して言えば、「許容範囲で身体影響はまず出ないレベル」との考えになるのも
うなずけるだけの、根拠や実例としての医療行為の経験もあったりする。

※放射線治療では、現在生活していて浴びている線量の数千倍を浴びせて治療するものも
 あり、それを行ってもよく言われる下痢や鼻血、湿疹などの障害がまったく出ていないケースも
 幾つもあるから。


話が幅跳びしているが・・・
政府や東電の発表に関しては、かばいようも無い後手後手報告及び対応の悪さもあるため、
なんともいえない部分もありますが、闇雲に批判や文句をするだけではなく、TV報道も研究者
や識者の言葉に関しても、その根拠になっているものを把握した上で、判断し、更に調べた上
で、自らの立ち位置を決めないと真実は見えてこないともいえます。

故意的に、嘘を流している以外は、ソレに対する根拠や確かなDATAが存在します。
また、ブログやTitterなどに関しては、私感が入り混じります。文章というものは、表現の仕方一
つで、まったく逆の捕らえ方をさせたり、そう思い込ませることはたやすいモノです。

ただし、それらをどう捕らえ、どこの角度から見るのか、また、自身で決めてかかっている概念
はどこにあり、それを証明するための情報収集しかしていないだろうか?など、自らのスタンス
を中立に情報収集していない状況があるのならば、真実を見ることは程遠くなってしまいます。

他説も同時に確認する・・・は、基本中の基本。

よって、平常時ののほほーんとした危険意識の確認ではない以上、どちらか一報からの見解で
もかまわない。その上で、感情論になんぞに左右されることなどなく、反対意見が出される経緯
についても確認してみてください。

現時点で、闇雲に怖がる必要性はありません。・・も事実。
しかし、ソコには「この線量の場所(関東全域)で生活する為の被爆をしない対策の徹底」が
あって、初めて闇雲に不安することは無く「我慢できるレベルの線量」となることをお忘れなく。

乳児から子どもたち、妊婦の方々、若い人々・・・・政府が引き上げた基準内で『通常生活』は
出来ないと思ってください。出来ることなら、今すぐにでも線量の少ない地域へ移動してほしい
というのが心情です。

チェルノブイリでも、都内で計測される線量は、立ち入り禁止区域及び避難地域の線量です。
また、世界各国の専門機関での見解は、事故現場から800kmは避難地域というのが標準な
考えです。日本の場合、水道水などに関しての放射線量の値がそもそも、世界基準の数千倍
などというおかしな設定もありますが、数値に関しては、世界基準及び本来の基準をベースに
考えていただければと思います。

長々とまとまりませんが・・・
気をつけるにも、不安になるにも、覚悟を決めて生活するにも、そもそもご自身がお住まいの
地域や生活圏内の「年間空間線量」や「内部被曝量」を3月に遡って、この3ヶ月でどれくらい
浴びているのか?そして、この先どれくらいの線量なら、「我慢できる線量」や「避難しないと
いけない線量」なのかを調べもしないで、批判や悩みで毎日を過ごしているのは違うとも感じ
ます。

都や各市町村にて発表された数値、netでの個人や各団体が発表している数値のまとめなど
いくらでも調べることは可能ですので、それらの中から、ご自身がベースにするものを決めて
計算をしてみてください。

また、それ以外のDATA(最高値や平均値など)も、ついでに計算してみてください。
様々な意見の見解や根拠が見えてくるかと思います。