このところ、ニュースのひとつは決まって参院選。
責任という観点から見ると、澱が沈んだ上澄みのように、わかってくるものがあります。
大きな違いは、過去に政権を担ったことがあるかどうか……。
会社でも同じこと。
私のように小さなレベルでも、見方は同じなのかもしれません。
私がダメだからと言って、若いヤツが代表になればよくなるか……。
生垣や塀の外からでは、見えているつもりでも、内容までは量ることはできないはず。
当の本人が心を入れ替え、胡坐をかかず、真剣に前を向くことに専念しないと……。
自民公明、立憲、国民あたり……。
でも、精彩を欠いた表情に、甘い精度の政策……。
ことあるごとに言葉には曖昧さが纏います。
まずは、原資。
ま、その一点に尽きるのでしょう。
お金が無かったら、欲しいものも食べたいものも我慢するしかありません。
私を含め、ローンに慣れている国民です。
政府でさえ、何かにつけ国債頼り。
先送りに甘んじていれば、必ず大きな行き止まりの標識にぶつかります。
その先の壁を打ち開くことができるのは……。
どうですかね?
中国ですかね?
アメリカですかね?
答えは風の中ですかね……。
――
どれだけ遠くまで歩けば
大人になれるの?
どれだけ金を払えば満足できるの?
どれだけミサイルが飛んだら
戦争が終わるの?
その答えは風の中さ
――
RCサクセションの『風に吹かれて』の一節を思い浮かべます。
ま、『いい事ばかりはありゃしない』ぶん、必然的に感謝の気持ちの濃度は濃くなるというもの。
RCは中学生の頃からずっと聴いています。

