今まで、その人とほんの僅かな時間を共に過ごしたことで、その後の人生が大きく変わってしまったという経験が幾つかあります。
とても大切な記憶です。
今日は、その中の一つについて久しぶりに書いてみようと思います。
学生時代、決まった美容院というのがなかなか見つからない時期がありました。
当時、特にこの美容師さんにお手入れしてほしいという方が見つからず、毎回いろんなお店に足を運んでいました。
そのときに、ふと目に入ったのが一軒の美容室。
モノトーン調で無機質な感じのお店。
家から程近かったけれど、なかなか入る気持ちにならなかったのですが、その日はふと行ってみようと思い立ったのです。
店内はそれ程広くはなく、オーナーさんと数人の美容師さん達がお店を切り盛りしていました。
入ってみると、なかなか良い雰囲気です。
すると丁度、手が空いていた一人の美容師さんが私の対応をして下さいました。
山本さんという方です。
カットを希望すると、
「どんな髪型にします?」
私は「お任せで。」と伝えました。
お友達から、「お任せ」って言うと、自分の雰囲気に合った髪型に整えてもらえるよ、と聞いていたところだったのです。
しかし山本さんは、
「長さは短くします?」
あれ?
私の要望、聞いてない?
戸惑う私に、山本さんは店内にある数冊の雑誌を持ってきてくれました。
「肩に髪がかかるか、かからないかでも大分雰囲気は変わるんですよ。」
カットモデルさん達の髪型をゆび指しながら丁寧にアドバイスしてくれました。
「肩にかかるくらいがいいかなぁ…」とつぶやく私。
選んだ幾つかの髪型を見て、
「髪の毛が黒くて多めだから、すくと軽い感じになるよ。」
それから、お手入れは、最小限で済ませたいと伝えると、髪型、見た目の軽やかさ、お手入れのしやすさを考慮して、髪の長さや髪をすく量などを説明してくれ、話しをしながら今回は前髪を少し増やしてみることにしました。
髪を切るという行為って、生活の中で定期的に必要なことだけれど、いつもより少しエネルギーを必要とするアクションだと思うんです。
まず、髪を切ろうと思い立つところまでに時間を必要とする。
そしてワガママに「今切りたい!」という気持ちの時に切りたいものです。
その為、今でも私は予約無しでカットしてもらえるお店へ通っています。
まるで、山本さんには見透かされてしまったようでした。
何かを吹っ切ってしまいたかったんです。
その時の私。
ちょっと、やけになっていたかもしれません。
それで、おまかせ!と言ったんです。
ゆったりしたテンポでとりとめのない会話をしていくうちに、鏡の前の自分の顔が少しずつ英気を取り戻しているような気がしました。
いいえ、気のせいではありません。
頬は赤みが指し、目の輪郭がしっかりとし始めました。
少し増やした前髪は今までの自分にはない新鮮な印象をもたらしました。
山本さんは何かを押し付けるわけではなく、尋ねるわけでもなく、正面からただ私に向き合ってくれているのが分かりました。
目の前にいる私を、美しくしようという純粋な心が伝わってきました。
「学生さんだったら、メッシュを入れてみたら?自由なんだし。」
髪を染めたことがなくて、いろいろな状況を考えると、いや〜と言ってお断りしましたが今となってはそれもしてみても良かったかな、なんて思います。
二回目にその美容院へ行ったとき、
「ご指名はありますか?」と違う美容師さんに尋ねられて、「いいえ。」と言ってしまい、山本さんが隣のお客さんをカットする姿を眺めたのがお会いできた最後でした。
あれからお店は閉店し、その後どうされたか分かりません。
しかし、一つ覚えたことがあって、言えずに後悔するよりは、恥ずかしくても、自分の意思は伝えよう、お礼は必ず言おう、とその時心に誓ったように思います。
鮮明に記憶されている一期一会の大切な出会いが幾つかあります。
私の中でしっかりと昇華できたとき、その出会いについて、感謝の気持ちを込めて文章という形にしてまた残してみたいな、と思っています。