2013年、今年は寒い中、夜空を見上げながら一服をします。
星を見ながら1人でよく考えてます。
昔から人が亡くなると、星になったとか、天国へ行ったとか。
僕は5歳の時に大好きだった祖父を亡くし、幼い子供には死の意味が深く理解出来ず、『星になったんだよ』という言葉を信じて生きてきました。何か嫌なコトがあったり、神頼みしたい時は空を見上げていました。空には大好きな味方が居る、と。
物心が付いてからは、身内の不幸は少なく、23歳の時、愛犬が亡くなった事で久しぶりに『死』を実感しました。
その時もよく夜空を見上げていたかな。淋しいよ、もう一度会いたいな、なんて思いながら。
そう。
今までは、悲しさや淋しさから星を見ていたんだと思う。
今年、見上げる星はもちろん、悲しさや淋しさもあるんだけど、また違う感情がある。
去年、彼女の父親が亡くなってから、
星の見上げ方が変わったんだと思う。
会って半年しかなかったから、将来の話なんてもちろん、どんな人なのかも、深く解り合う時間もないまま逝ってしまった。
だから最近見上げる星は、問いが多い。
そうしてるうちに、居なくなると星になるんだよってコトも疑問になってきて、わからなくなって。
人も、動物も、みんな大事に思っていれば、星になんてならなくても、
生き続けるはず。
心の中で。
でも、また夜空を見上げてしまうのは、やはりクセなんだろう。
結局、空に問うても、答えは自分の心で作るもの。
決心が着くその日まで。
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