7月18日開催の✨祓い精麻ほうきワークショップ✨㏌ 自然菜食りんどう

この記事を書いている間におかげさまで、あと1名様の募集となりました。

ありがとうございます照れ

 

お時間に余裕のある方は、ぜひ『自然菜食りんどう』で

美味しいヴィーガン料理を召し上がられてから参加してくださいね💕

わたしも当日はランチをいただきます。

 

***********************

ゆるす には、許す と 赦す がありますよね。

 

「許す」は、これから行う行為を認めること

「赦す」は、すでに行った行為の失敗を責めないこと

 

今まで生きてきた中で、

どうしても赦せない、赦すことができない相手がいるかもしれません。

 

いじめをはじめとする精神的暴力(言葉の暴力)、身体的暴力などなど

自分の存在自体を否定されたり、尊厳というものを奪われたり。。

つまり、ぞんざいに扱われることは、全ての人が持つ「人として生きる権利」を奪われることです。

 

そんな相手を赦すことは到底できないかもしれません。

思い出したくもないということもあるでしょう。

 

さて、人間の尊厳とは、

個人が生きている存在として、生命・生活が尊重される価値のあるもの と言われています。

全ての人が持つ「人として生きる権利」ともいえますね。

 

 

よく、赦す 赦しなさい なんて言いますよね。

言われたからと言って、「はい。赦します」とは、なかなかいかないわけです。

すぐに赦せるのなら、そもそも”赦せない”と思うこともないですから(笑)

 

頭では”わかっている”と思うんです。

でも、できないのは何故なのでしょうか?

 

ゆるすと、相手が”したこと”を認めてしまうような氣がする から。

 

分かりやすいように言うと、

あなたが、誰かから暴力を受けたとします。

その相手人を”ゆるす”ということは、

相手があなたに暴力を振うことを許可しているように思うからです。

 

ここに陥ると ゆるす ことができなくなります。

 

あなたのことを ぞんざいに扱う相手

あなたに対して、理不尽なことをする相手

あなたを傷つける相手。。

 

ゆるすことは、そうされても良い存在なんだ と許可してしまうようで

悔しい氣持ちさえ湧いてくるという人もいるでしょう。

 

ちがいます!

 

暴力を認めることでもなければ、

理不尽を認めることでもありません。

 

暴力は、誰であっても許されないし、

ぞんざいに扱われる人なんて、地球上に一人もいないのです。

 

 

 

本当の意味で、赦す というのは、

相手を赦すのではなく、あなた自身を赦すということ。

 

ゆるしとは、相手を無罪にすることではなく、

自分を自由にする手段なのです。

 

いつまでも、そのことに囚われている自分を ゆるしてあげる。

そうすると、自分が解放されて自由になります。

 

自分を赦すこと。

ここから始めてみてくださいね!

 

 

 

祓い精麻ほうきワークショップ

 

今回は、東大阪にあるマクロビオティックレストラン
『自然菜食りんどう』様の2階のスペースをお借りして

開催します!
おいしいヴィーガンのお店です。
お時間のある方は、ランチを召し上がってから

ご参加くださってもOKです
 

◎日 時◎
令和6年7月18日(木)
14時~16時(余裕をもって2時間にしています)

 

◎参加費 3500縁◎

 

◎会 場◎
自然菜食りんどう

(近鉄奈良線 河内小阪 徒歩4分)
※お店に直接問い合わせはご遠慮ください。

 

10名 ⇒ あと1名さま

 

ラインからのお問い合わせ、お申し込みが確実です

 LINE  https://lin.ee/XwUyveW   @628ffevl

 

 

 

 

 

 

 

あなたの人生が清々しさに富み、

心地よさに満ち、

豊かな自由が溢れますように

今日もお読みくださって、ありがとうございました。