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熊野速玉大社、新宮の元宮にあたる神倉山。

この神倉山の山頂にあるゴトビキ岩。

ゴトビキ とは地元の言葉でヒキガエルを表すそうです。

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山頂までは石段が538段あり、結構 急な坂道に、登りきった後の達成感と期待が高まる。

神倉山は神倉神社でもあり、祭神は 高倉下命を祀る。

古事記で、高倉下命は神武東征の際、熊野の地で病いに倒れた神武一行に天津神よりお告げを受けた高倉下命が霊剣、布都御魂を神武天皇にもたらすと、神武一行の病が治ったと記されている。

布都御魂とは、饒速日命が伝えたとされる、十種神宝 を表すと思われる。

ちなみに、この布都御魂は、奈良の石上神宮に祀られており、霊剣とも言われている。

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神倉山の麓には、天磐楯と記されている。

天磐楯と高倉下の剣の習合を表す場所のように感じる。

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山頂のゴトビキ岩は、まるで伊弉諾尊と伊邪那美命 そのもののようで、ゴトビキ岩に触れると、まるで生きているようで、汚れない童心、健全と言ったエネルギーを感じた。

この地 新宮、速玉とは勾玉(心)を意味し、伊弉諾尊と伊邪那美命、あるいは男女、陰陽、紅白、表裏や相対、習合を表す地だと感じ、神仏習合の地とされる熊野の意味を学んだ。

そして、ゴトビキ岩を差す天磐楯とは剣と相対の鏡を意味し、十種神宝の二種類の鏡でもあるように思う。
己の心を見る鏡、陰陽の鏡。
だからこそゴトビキ岩は二つで一つのように思う。

二つ並ぶ岩の姿は、奈良 平群の石床に似ている感じで、愛の象徴とも思う。

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壮大な姿は宇宙船のようで、天磐船のようにも思う。

また、習合と言う意味では、大阪府 交野にある天磐船と奈良 平群の石床の習合のように、こちらの神倉神社のゴトビキ岩に対し、この近くの有馬村にある 花の窟神社の花の窟がある。

神倉のごとびき岩を鏡(楯)すると、剣のゴトビキ岩が花の窟になるように思う。
その花の窟には、火之迦具土(ヒノカグツチ) を産んで命を落とした伊邪那美命の墓があり、そしてここ 神倉山 ゴトビキ岩と花の窟を繋ぐように、神内神社と言う場所があり、そこの巨石は子安、安産、命を繋ぐ場とされている。

神倉と花の窟を繋ぐ三位一体の磐座が新宮に置かれている。


そして、ゴトビキ岩の前で伊邪那美命のメッセージのように感じたこと、

愛は心から生まれる。

真の火之迦具土の再生。


そんな思いを胸に新宮を後に那智へ


つづく。