ながながと川一筋や雪の原

木のまたのあでやかなりし柳哉

呼びかへす鮒売り見えぬあられかな

 

芭蕉門弟。しっかりした格調たかい句で、これぞ俳句というべきか。そんな彼はなんの罪か罰っせられ捕らえられてしまう。釈放後は俳句の冴えはみられずしぼんでしまった。(解説による)

 

こういう人がいるんだね。あの万葉集を編んだ大伴家持の生きた時代は、国家が混乱していて、家持も地方のあっちこっちへやられ、出雲へいったか、仙台地方で最後を迎えたかさだかでない。中央にいた時には多くの歌を詠んだが、地方にくだってからは黙ってしまった。うたはなくなってしまった。それが悲しい。

 

春の野に 霞たなびき うら悲し この夕影に うぐひす鳴くも

うらうらに 照れる春日に ひばり上がり 心悲しも ひとりし思へば

我がやどの いささ群竹(むらたけ)吹く風の 音のかそけき この夕かも

 

いずれにせよ、詩人が歌わなくなってしまうとは、うたを忘れたカナリアのようで悲しいことだ。