6月27日、おばあちゃんが亡くなりました。
小さい頃から大好きで大好きで、いつでも優しかったおばあちゃん。
5年前から認知症を患ってて、ここ2、3年は歩くこともできず、そのうち自分でごはんを食べることもできなくなってしまったけど、いつまでも可愛くて愛しい、大事な人でした。
認知症がひどくなってから、おばあちゃんがいなくなる日もそう遠くはないかもしれないな…って思うことはあったけれど、4月に実家に戻っておばあちゃんの顔を毎日見てると、目の前にいるおばあちゃんが死んじゃうなんて一度も想像できなかった。
亡くなってお通夜を迎える前も、座敷で眠ってるおばあちゃん見て、さっきまで懸命に呼吸してたのに、私の目を見てくれてたのに、このまま起きることがないなんて信じられなくて。
だけど顔に白い布をかぶせられているとその布がひらひら動くことはなくて、あぁ息してないんだ、、こんなに綺麗なのに、どうして動かないのって、涙が出た。
涙は止まるけど、またすぐ出てくる。
誰かと喋っていないと泣けちゃって。
私ってこんなに泣けるんやなーって冷静に思っちゃうくらいに涙は出た。
おばあちゃんを葬祭場で送り出すとき、火がついて、ぼおおおおって炎の音が聞こえたときは、本当に悲しかった。これでもうおばあちゃんに会えないって思わせられる怖い音だった。その音を聞いた途端我慢できなくなって、嗚咽が止まらなくて、涙で視界がぼやけて、お父さんに肩を抱かれながらバスに乗った。
おばあちゃんは今熱いとこに入れられたばっかなのに、私たちはもうバスに乗っちゃうの?おばあちゃんと離れるの?って、一人にしてごめんって思えて、すごく悲しかったし辛かった。
そして生きてる間にもっともっと触れておけばよかった、とか同じ時間を共有すればよかったって、自分に対する後悔が強くて。
熱を出して呼吸が苦しそうなとき、もっとそばでおばあちゃんの姿を見ておけばよかった。
私なにしてたんだろ?
いつもにこにこ笑ってて優しいおばあちゃんが大好きだった。
モー娘。の番組一緒に見るのが楽しみだった。
お琴弾いてるおばあちゃん、民謡の浴衣姿のおばあちゃん、眼鏡をかけてカラオケの歌詞を見るおばあちゃん、自慢のおばあちゃん。
本当にすごくすごく美人で華奢で、控えめなのに華やかで、私のおばあちゃん最高やなって幼いながらに思ってた。
おばあちゃんは亡くなったけど、大好きな気持ちとか、感謝の気持ちはずっと忘れないよ!!
長いこと歩けんくてえらかったね、最期はごはん食べるのもえらかったかな?右手も腫れちゃって痛かったね。思うように動けんくてえらかったらぁ?
これからは、大好きだった踊りできるね。
いっぱい動けるよね?
長い間お疲れさまでした。
愛情をいっぱいくれてありがとう。
50年後くらいにおばあちゃんがいる世界に行けたらいいな。
私は老け老けの姿になってると思うけど気付いてね~笑
本当に自慢のおばあちゃんでした。
おばあちゃんの孫でよかったよ。
ありがとう。心から。
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