私は小さな頃から実父に虐待されたり、小学校の頃によくある「いじめ」にあったり、中学では、唯一女友達は1人。隣町の中学校の友達と遊んでる事が多かった為、当時の彼もその隣町の男子でした。
地元には友達なんてほとんどいなくて、隣町の友達の方が多かった。
私はそんな自分が凄く嫌で、皆が通う高校には行きたくない。そもそも行ける頭脳もなかったけどね。笑
片道2時間かけて通う高校は、凄く私に合った高校で、まさにギャル校!ギャルしかいない!.+*:゚+。.☆
そんな中、友達がたくさん出来て、毎日楽しく生活して、今でも高校の頃の友達は大切です。
まず、虐待についてから…
父親に
お前は生まれてくるはずの子じゃなかった。
お前のアイスクリームはないよ。
お前はひとりで留守番だ。
お前の飲むジュースはないよ。
そんなのは、日常茶飯事。
でも、それが虐待だって事に気付かなかったの。
ある日、父親が酒に酔って帰宅して、お前、俺がいつもお前にしてる事をおばあちゃんや、ママに言うなよ。言ったらどうなるかわかるよな?って今でも鮮明に覚えてる。
ものすごく怖い顔だった。
だだっ広い平屋の50坪の家にひとりで留守番させられてたり、冬は、特に寒いし暗いし怖かった。いつも部屋の隅っこで、小さく丸まってシルバニアファミリーで遊んでいたのを思い出す。もちろん、おばあちゃんや、母親は知りませんでした。だって、いつもいない時狙ってそうされてたから。
いいな。お姉ちゃんは、パパと遊びに行けて。
いいな、お姉ちゃんだからアイスクリーム食べれて。
いいな、お姉ちゃんだからジュース飲めて。
いっつもそう思ってた。
私は、兄もいるが、兄はおばあちゃん子だったから、おばあちゃんと一緒にいる事が多かった。
だからもちろん兄もその事を知らない。
ママといる時が1番幸せだった。ママから離れたくなかった。いないと意地悪されるから。だからね、家から100mくらいの距離に住んでる従姉妹の家に逃げてる事もあったよ。まだまだあるけど簡単に言うと小学校2年生まではこの様な生活でした。
それから、両親の別居が始まり、新しい小学校へ移り、新しく友達も出来た。
正式に離婚してから、また元の家(母が父を婿にもらっていたから)に戻って、同じ小学校へ通うようなった。それでもやっぱり友達は少なく、あんまり楽しかった記憶はないなぁ…。
長くなりましたので、続きはまた今度…