今から50年前の1975年12月14日(日)は、室蘭駅発岩見沢駅行きのC57の135号機の牽く225列車が国鉄最後の蒸気機関車の定期旅客として運行された日だったとのことです。

この日は日曜日だったのですが、次の日は高校があり当然行けなかったもの、秋田でニュース等で観ていたものです。

あれから50年、今も磐越西線や山口線等で蒸気機関車を追っていることは想像つかなかったもの、JRさんや地域の皆さま等に感謝させていただくと共に、とても幸せだなーと思うものです。

 

 

さて11月30日(日)の磐越西線、往路最後の堂島で撮影後は喜多方市内の戻りヨークベニマルで昼食とお菓子、秋田へのお土産等を購入します。

 

この日は朝からとても良いお天気、ここは濁川の土手へ向かいます。

たくさんの方が三脚を構えておられます。

喜多方→山都   15:57

 

なんとかギラりを撮ることができたものです(次のラストランの週の土曜日も良いお天気だったもの、今年は11月からの週末は良いお天気?、この時期は雨(雪)が多いのですがラッキーだったと思うものです。)。

ここではサッカーの「いわきFC」のファンの方としばらくお話しを、絶好調の「いわきFC」、新しいスタジアムの整備計画も着々と進んでいるとのこと、あまり進捗がない我が「ブラウブリッツ秋田」を逆に「頑張れー」と励していただいたものです。

 

 

家族は「一ノ戸橋梁」で撮影です。

喜多方→山都   16:06

お陽さまが沈むぎりぎり、ここでは5名くらいの方と撮影だったとのことです。


 

少しだけ光ったところをトリミングしてみました。

 

 

最後に室蘭本線で撮ったC57の135号機の写真を載せさせていただきます。

三川→追分  1974年8月撮影

追分駅に到着する手前の場所での撮影、煙は無かったものです。

当時、この135号機はあまり目立っておらず、若番の38号機やお召列車を牽いた57号機等が人気があったと思うのですが、まさか旅客最終列車を牽くとは思ってもいなかったものです。

今日の夜はカレンダーの写真選び(富士フィルムの「COYOMI」)です。

 

本日もありがとうございました。

 

 

お身体、大切にしていってください。