本大震災から9ヶ月以上が過ぎ、
東京でのなにも変わらない日常に流されていると、記憶が薄れそうになる瞬間があります。

『忘れちゃいけない』
と言い聞かせないと忘れてしまいそうな自分が怖いです。

被災地の方たちは忘れたいでしょう。
もちろん、忘れたくても忘れられない現実だと思いますが。
だからこそ、私たちが忘れてはいけないですよね。。。

2011年。
こんなに立ち止まって振り返っては、一進一退した年はあったかなぁ…

一人になると、下を向いたりぼーっとしてしまう日々は変わらない。
訳もなく涙が出たり、不安になることも変わらない。


震災以来、たくさんの現実をテレビで目の当たりにし、

福島の津波被害のあった地域にお手伝いに出向いては、静かな瓦礫の町を目の当たりにし、

放射能に追われつつも、実家を離れず耐える家族や友人たちの現実を目の当たりにし、

何も出来ない無力な私は、気の利いた言葉もかけられず、ただ笑顔を作るしかできなくて。
情けない思いをたくさんしました。

気がついたら、1年経ってしまう。

2012年、たくさんの大切な人たちを笑顔にしてあげたい、私が笑顔になりたいと思います。


キレイゴトではなく、みんなの笑顔を望みます☆

隣にいる人を先ずは笑顔に。
笑顔の連鎖、信じています。






今朝、母方の実家に住んでいた犬のタカラが、脳梗塞と腎不全のため亡くなりました。
16歳、お祖母ちゃんでした。



白とベージュの柔らかい組み合わせで、
会うたび鎖が切れそうになるくらいに飛び出してきたり立ち上がってみたり、クンクン鳴いたり(笑)。

タカラは人懐こい本当に本当に可愛いワンコでした。


そもそも、私の姉が学生時代に大家さんに内緒で飼い始めましたが、数年後、姉がとうとう飼えなくなり、実家も団地のため飼えず、お祖母ちゃん家にお世話になることになったのです。

姉がつけた名前が『タカラ』で、お祖母ちゃん家では、『ヒナ』と呼ばれていました。


それから10年以上。
お祖母ちゃん達には本当にお世話になりました。

毎日散歩に連れてってもらったり。
(お祖母ちゃんの運動にもなっていたかな・笑)
予防接種に連れてってもらったりね。
本当にお世話になりました。



お祖母ちゃん家の、畑仕事の道具をしまう倉庫の入り口に、タカラのお部屋はあって。

曲がった腰を叩きながら道具を出し入れしたり、収穫したじゃがいもを大量に袋に入れて運んでくるお祖母ちゃん。

昔は茅葺き屋根の古いお家だったのが、ピカピカの新しいお家に建て直されていく様子。

従姉妹たちが結婚し、家族が増えて賑やかになっていく様子。

決まった時間にバイクでやって来る郵便屋さん。

時々やって来ては、散歩に連れ出してくれる私の父。

時々やって来ては、車のエンジンから既に騒がしい私の母。

時々やって来ては、ごはんを差し入れしてくれる私の姉。

そして、本当にたまにしか行けないけど、じゃれ方はぎこちないけど、泥まみれになって遊ぶ私。


タカラがずっと見てきた風景。
私たちがタカラと過ごした時間。
プライスレスなんだね。

次にお祖母ちゃん家に行ったら、いないタカラをちゃんと探します。
挨拶、まだしてないもんね。

動物たちが家族になると、
必ず辛い別れは突然来る。
こんな思い二度としたくないって思う。

でも、出会わなかった方が良かったなんて少しも思わない。


タカラもそう思ってくれてるかな?

タカラ、ありがとう☆
暖かくして休んでね!

空から、詠丸を見守ってて下さい。



ずいぶん久しぶりにブログを書きます。

書きたいことたくさんあったはずの2011年。

というより、
本当はこうしてブログに残しておきたいくらいの、色んな気持ちの変化とか
人生の色が変わったんですが。
アプリを上手く使えないと言う事故に見舞われたがために、随分書けずに時間が経ってしまいますたなー。。。

また、この冬から春にかけてさ。
書きたくなること、きっとたくさんあるんですよ、きっとね。

退職すると決めてから、今の職場に居場所を見失うような、不思議な気持ちを感じるようになりました。

気持ちが少しずつシフトしてるのかな?

少しずつ動いていかないと、4月から新しく急に切り替わるのは大変だもんね。

でも、今の環境にしっかり気持ちを据えて3月末まで!

とも、勿論思って。
6年間お世話になった今の職場にしっかり恩返しもしつつさ。

うん、大丈夫かな。
大丈夫だよね。

頑張ります。




なーんかな。
強く信じたり、信じてもらえる事で、輝いてる毎日を見てみたいぬん。