今を生きること~永遠のつり橋効果~
あれは小さな足音だったと思うんだけれども今思えば自分の鼓動だったのかも知れない。新聞に掲載された当時、私は一人暮らしをしていた。だから新聞なんてとってなかった。主任ケアマネが持ってきたその新聞を食い入るように見るしかなかった。書いてある内容は入職当時、私が抱いた疑惑を肯定するには十分な内容でそれが不正であることもしっかりと記載されていた。その日、施設長は臨時の会議が開催され本部へ丸一日出て行ってしまった。利用者家族の中には、新聞を見た人も当然いた。家族からその件について、話をされることも数回あった。法人のトップがやったことが報道されることで現場の職員の士気が下がること職員を守ることができるのがが私には不安だった。当時、施設における各部署のトップは、役職持ちだった。私は名ばかり管理職。(お局様がいなくなってしまったので)施設で給与・会計はすべて行っていた。だからこの件は、事務員なら暗黙の了解だった。状況を知っていた。そう、思っている職員がほとんどだった。職員と利用者を守りたいと思う私の気持ちと疑念をいだいた職員との間に少しずつ乖離がうまれていった。その中でも、一番近くで互いに支えあっていた仲間がいた。職種は違う、年齢も違う。けれども息の合う仲間、気の合う仲間。1言えば5くらい理解してくれるような人たちで、いつも互いを気にかけていて、ふとした瞬間に目が合っているような人。両片思いそんな言葉が似合いそうな人たちだった。ほぼ毎週どこかで飲みに行った。どうにもならない思いをぶつけ合った。不正の事、毎日の業務の中での事、会議の事、プライベートな事も・・・それぞれが、思う人がいて時に、思われていて複雑な感情を抱えながらその時を一生懸命に生きた第二の青春のような日々(小さな足音は、少しずつ音が大きくなってきた)(足音は、どんどん早くなってきていた)特殊な環境に身を置かれていてその日常が普通ではないことに気が付いたのはさらにそこから3,4年後だった。その頃は、今を生きることに精一杯だった。