そちゃの成長日記
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点滴

血圧が上がりはじめて1週間くらいは、血圧を下げることが最優先なので、眠り薬でほとんど1日中寝た状態、かつカテーテルを使った点滴だったので抜いて体の中に残っちゃったりしたら大変なので、手足も抑制された状態。
水分も食事もできないこの時期は見てる方もすごく辛かった。

点滴で血圧が高いなりにも抑えれるようになると、食事やら水分やらはOKになったものの、点滴繋がってるから移動範囲はベッドの上だけだし、お風呂は入れないし、この点滴がそちゃにとってはすごくストレスで、早く抜いてあげたくてしかたなかったなぁ。
そちゃはすごく肌が弱いから、お風呂に入れないとすぐ肌がガサガサで荒れるし、点滴のテープでも荒れるし、荒れて痒くなって点滴抜こうとするから抑制筒つけられて、包帯ぐるぐるにされて、また荒れて痒くなって、、、の負のループ。
イライラがひどかったなぁ。かわいそう。

最終的に点滴から徐々に内服の降圧剤に切り替えることができたからよかったけど、なんだかんだ2ヶ月くらいは点滴生活だったなぁ。
まだ点滴してた両腕(肌が弱くてグジュグジュになるから、左右の腕で点滴を交互にやってた)にはあとがのこってる。点滴とれてからも痒くて痒くて掻きむしって血だらけ!みたいな繰り返しだったもんなぁ。。

1回、夜中にそちゃが痒くてカテーテル引っこ抜いちゃった時があって、運良くカテーテルを綺麗にスッと引っこ抜いたからよかったけど、途中で切れて体に残ってたら、、、とか思うとゾッとするなぁ。
24時間ずっと看護師さんが監視するのは現実的じゃないのはわかってるけど、掻きむしってて抜く可能性が高い状態だったから、夜中は抑制筒とミトンするとか服で隠すとか、どうにかふせいでほしかったなぁ。。。若い看護師さんだったからなぁ。。。普段はすごく良い看護師さんなんだけどね。

というか、ここの病院看護師さんすごく良い人が多かったなぁ。。良くない人もそりゃいたけど。
その話はおいおい。

発熱からの入院

そちゃが入院してもうすぐ4ヶ月。
最初はただの発熱だったから、まさかこんなことになるとは。
去年の9月に保育園に行き始めて、10月に私が職場復帰してるはずだったのが、結局保育園もたった2日のならし保育で退園。職場復帰も延期。

9月中旬、明け方そちゃが起きてきて、いつも通り添い乳してると、そちゃが熱い、、、
あわてて熱を計ると39.2分。午前中に近くのクリニックへ行って、解熱剤等処方された。
その日は熱はあまり下がらなかったけど、機嫌も悪くはないから様子見。
翌日も熱が下がらなければインフルエンザとか溶連菌とか色んな検査しようってことだったので、翌日も同じクリニックへ。でも検査したものは全て陰性。
その日の午後嘔吐が始まる。
熱は下がり始めたものの、嘔吐を繰り返し、ぐったりしていたので、区の救急センターへ行き、そこから今入院している大学病院の救急を紹介される。
病院に着いて点滴をして、すこしだけ元気になった気がした。
でも翌日も嘔吐は止まらず、水分もとったそばから吐く状態になって起き上がることもできなくなってきたので、再度病院へ。
血液検査の結果、脱水、低血糖、その他数値がおかしいものがいくつかあったので、2、3日入院しましょうとのこと。病名は胃腸炎。
2、3日なので、私も付き添いをすることに。
入院後は熱も下がり、嘔吐も止まり、徐々に元気に。
ただ、血液検査の数値や尿検査の結果があまりよくない。
ただ、ここが悪い!とすぐにドクターも言うわけではなく、口々に、「何かおかしい。」色々と検査が増え、2、3日の入院が10日ほどまで延びた。
その中で、腎臓に問題がありそうなことは分かっていた。
腎臓に問題があるものの、一旦退院し、あとは通院で様子を見ようということとなった。

退院が2日後に決まったその日、追加の検査で朝から眼科にいっていた。
点眼薬をし、検査が終わって病室に戻ったのがお昼前。義母が来てくれたので、看病を交代し、シャワーを浴びに一旦帰宅した。
すると義母から、「そちゃの血圧がすごく高い」とメール。午前中の眼科の検査の際の点眼薬の副作用ではないか?とのことだった。
あわてて病院に戻ると、降圧剤を飲んで血圧を下げようという段階だった。本人はいたって元気。

降圧剤を飲んで30分後に再度測定するものの、やはり高い。
夜まで血圧の測定を頻繁に行い、なかなか下がらない血圧に周囲が騒がしくなった。

個室の付き添い部屋から、そちゃが緊急の子供が配置される部屋へ移動となり、24時間体制での血圧測定と点滴からの降圧が始まった。
この部屋は付き添いぐ出来ないため、この日そちゃが生まれて始めて別々に夜をすごすことになった。
応急処置を終えて家に着いたのが深夜1時ごろ。その日は眠れなかった。

ただの胃腸炎と思った2、3日の入院のはずが、全く別の病気が発見されるきっかけとなり、おもったよりも長くなる入院生活と、一生モノの病気との関わりがスタートした日となった。

そちゃが生まれた日

我が家の第一子として生まれてきたそちゃ。

つわりは軽くはなかったし、妊娠糖尿病やら、坐骨神経痛での入院やらで定期外の病院通いが多かった妊娠期間だったなぁ。

出産は里帰り。ど田舎だから産婦人科は隣町。
車で1時間。電車とかないからね。検診のたびに車酔いしてたな。
陣痛きて車で1時間ってのが一番心配だし不安だし車の中で出てきたらどうするんやろ?と思ってたけど、
結局予定日すぎたから入院して出てくるのをまつことに。よかった。

全然出てくる気配なくて、でも羊水少なくなってきてるし、私自身小柄だからあんまり赤ちゃん大きくなるのもなぁーとのことで、促進剤つかって、それでも陣痛来なければ明日夕方帝王切開します!と。
促進剤つかっても来なそうって言われてたから、帝王切開の書類書いたり、東京にいる主人に連絡したり。
帝王切開のキモチに切り替えて、しっかり夕飯も食べて、帝王切開後はお風呂しばらく入れないからってシャワー浴びて。
そしたら21時くらいから、腰が痛いぞ?あれ?これ陣痛かい?陣痛だよね?陣痛だね!と。そこからあれよあれよというまに生まれてきた!
いろんな人の話聞いて、なかでも大変な出産をイメージしとこうと思ってたから、3日かかった知り合いの話を前提に挑んだもんで、深夜1時くらいの痛みのピークの時に助産師さんと最終便でやってきた主人が、「3時までにはうまれるねー」って話してるのが聞こえて、え?そんなもん?もう2時間ないじゃん!って思って、そっからは少し楽になったなぁ。
て言っても、腰割れると思ったし、叫んでたら助産師さんにしっかりしろって怒られたし、人生で一番痛かったし苦しかった経験なんだけどね。
3日を想像してたからね。結局痛くなって5、6時間で生まれてくれたから、世のお母さんの中では楽なお産だったと思う。
本当に、世界中のお母さん、すごいなーって思ったよ。

そちゃは元気に私たちのとこへ生まれてきてくれた。
やっと会えたー!本当に私の子なのかー!ちっちゃーい!鼻低ーい!頭でかーい!世界一かわいい!!
この子をうちらが守っていくんや!この子は私らがおらんと生きていけれんから、しっかりするぞ!!!絶対幸せにしてあげるね!!!

て思ったよ。今も変わらずそう思ってるよ。