鍋はひとつあればいい
昨年のあの猛暑の夏に沖縄へ行った。当初は一人旅っだったのが、急きょ二人旅となった。原宿へ買い物(なんてほとんどしないけど…)くらいの手荷物の予定が、旅のお供が出来たために荷物は三倍に膨れ上がった。始発の電車とバスを乗り継いで無事に空港へ着くが、例のお供がとにかく誕生日と正月とクリスマスまでもが一緒に来たかのような興奮ぶりで、よれよれで飛行機に乗り込んだ。
今回の旅の目的の一つは 「ユタに会いに行く」 なので、沖縄一番の美人友達のKちゃんに色々とお世話になった(なり過ぎた。。本当にありがとう。)
ユタのおばあは沖縄にいるだろう普通のおばあだった。訪ねたそこは普通の家で、日々のくらしの風景が広がる台所と居間に通されたので、ずいぶん拍子抜けしたほど。「沢山食べるといいさー」といって山盛のちんすこうと、黒糖の飴菓子にポッカの缶コーヒー。例のお供は遠慮する素振りもさらさら見せずにお菓子へ飛びつく。
Kちゃんから「ただお話するだけだよ」と聞いていたのだが、その通りだった、これも拍子抜け!そしてそれだけで「どうしたらいいものかなあ」と小さく思っていたことを、正面からビシっと言われたのでこれには腰が抜けるかという思いだった。台風の次の日みたいに頭の中がスッキリしたのを感じた瞬間だった。更に衝撃的だった事が「色々集めたがりみたいだけど、鍋はひとつあればいいさ」と、突然言われたこと。 これに関しては「はい」と頭を下げるしかないほどだった…。 エルニーニョな夏が更に沖縄の空気をべったりとさせていたし、ビーチの海水はほとんど温泉だったけど、たまに吹く風は本当に爽やかで、さっぱりして過ごせた。
帰る日。当初はお気に入りの皿や鍋をわんさか買って帰る予定だった。けれど、三倍に膨れた荷物に、エネルギー満タンなお供、荷物を増やせるキャパなどもはや無いこと。自分の容量をよく考えなさいということ。ホテルのロビーの窓ガラスに映し出された自分(達?)の姿を借りてユタのおばあが告げに来た気がした。
うん、。鍋はひとつあればいいや。
後日、Kちゃんから「鍋の話されてる人はじめて見たけど…」と言われた。
三日坊主
三日坊主どころの話ではないのだけれど、俗に言う「三日坊主」というのに所属できるタイプだ。大人になって東京に勤めていた時に毎朝同じ時間の電車に乗る!とかが、ようやく出来るようになったレベル…(ちょっと違うけど。)
3週間ほど前から、最近は当たり前になった「買い物宅配システム」を導入しようと思い、ややこしい資料と説明の山を何とかクリアして始めるに至った。我が近所の平日の昼下がりは、数えきれないほどのクーラーボックスを積んだ宅配トラックがブンブン走り回っていたので、ちょっと好奇心で手を出したのだが。やはり、ダメぽい感じが早くも醸し出されてきている。2週目にして致命的な事が ①何を頼んだか忘れる ②注文を忘れる ③注文書を無くす である。 ここは潔くさっぱり辞めるべきだなあと、言われなくても考えなくても分かってしまったところが悲し過ぎる三日坊主。
旅先で街に到着すると、まず市場を探すクセがある。無料の地図をインフォメーションで貰い、地図上の街中でマーケットの文字を指で追う。引っ越しで新しい家を探す時も商店街のある街か必ず確認する。どんなに小さい商店街でも無いことには、住みたいサインが出ないのだ。 高級スーパーや、恐ろしく面積の広いスーパーも良いけれど、商店街や市場に見られる、半分外で半分お店みたいな場所の合間をぬって、ざわめきの溢れてくる感じが好きなのが何より買い物の基本となっているし楽しい。
三日坊主にもそれなりに深い理論があってのこと。ということで、すたこらと下手くそに逃げることにする。
ぎょうざ
ぎょうざ、餃子、ギョウザ、gyouza。どの表記にしても愛して止まないものの一つが「ぎょうざ」だ!たぶん1週間3食食べ続けて飽きても、2週間後には食べたくなると思う。魅力は、あの直径10センチほどの皮に試行錯誤された味の具が収まって完結してる潔さ。10センチという小さな宇宙に自慢の具を詰めれるシェフの器の大きさ。それが一枚の皿に行儀よく5,6個並んでいる上品さ。
神戸三宮の高架下に「瓢たん」というぎょうざのお店がある。ここは赤味噌のたれをつけて食べる有名なお店。とにかく店内がべたべたで、メニューは壁からはがれていて、長年の疲れか白いすじが走るコップに水が凄い勢いで注がれてくる。お店の人はひたすらぎょうざを包んで焼く。包んで焼く。たまに笑う。それくらいお客さんがぎょうざを頼む美味しいお店なのだ。なぜなら、メニューにぎょうざしかないからだ。
べたべたでも、コップが疲れてても「これだけは美味いよ」という静かな思いが生きているお店だった。値段が高くて、お客さんもお店の人もオシャレだけど、味は中の下以下とかがたくさんもてはやされてるのが、少し寂しく見えてくる。食べることは「なまもの」を相手にしていくことだっていうのを忘れちゃいけない。
バラカンモーニング
テレビをあまり見なくなってしまい、もっぱらラジオで一日をすごしている。朝はinterFMのバラカンモーニング(mon-fri am7:00~10:00)がお決まりだ。英国出身のピーターさんについては、その著書やスタイルなど詳しくはないけれど「気持ちのいいおじさん」 という感じなのでさっぱりとしたradioでいいなと思う。さすが選曲は一流なので、朝から「なんだこのかっこいい音楽は!」とホームページのplay listを焦って開く始末!特に、カリブ海や中南米、アフリカなどの強烈な色彩を感じる土地の音楽をおしみなく紹介してくれるのが、たまらなく嬉しくなって旅に出たくなる。
また、interFMの夕方にウルフマンジャックショー という80年代にアメリカで制作しメキシコで放送されていた番組を再放送しているのだけど、レイモンド・カーヴァーの小説を読んでいた時にこれが流れた時は、80年代へタイムスリップしたかのような素晴らしい空間になった!角ばった渋色のアメリカ車が走り抜けていったのは、間違いない。
中華鍋
中華鍋を購入した。
横浜の金沢区で作られてる打ち出しマークが柄に刻印されてるやつ!昔タモリの番組に出てたやつ!
早速使うために「空焚き」という作業をする。コンロの火を強火にしてひたすら鍋の底、側面を一時間くらい熱し続ける。もくもくと煙が上がり、青光りしてくると「OK」というサインなのだが、どうにもこうにもサインを出してくれない箇所がいくつか現れる。こちらも このヤロー!という具合で意地になって作業してみるものの頑なに態度を変える様子がないので 「これはこれでこの鍋の性格だし個性だろう!」といういい加減な感じであっさり終了。
冬寒のベランダに放り出しキンキンに冷ましてから、洗って再度熱し油を塗る。我が家のキッチンのルーキーとして活躍してくれるのを楽しみにフックに吊るした。なんだか、この一連の流れ、人がいろんなとこであれこれやっていく感じと似てるなあ と思いながら、美味いパッタイが作れるようになる日を想像してみた。
あ!炒め用おたま買い忘れたよ!



