いまさらですが、懲りずにまた電脳やるです。
詳しくはこちら
です。
気付けば本番一週間前です。
今からスタジオ行くです。
やってやるです。
えー、お久しぶりです。ちょっと長いですが、自分の為に書いたので、途中気を害される方もいるかもしれませんが、それでも良ければ寛容な精神で読んでくださいww
先日は難波ROCKETSにて、電脳オヴラアトのラストライブを観て来ました。
知っている方もいるとは思いますが、自分が途中加入して1度解散し、2度4夜の限定復活を経て、完全復活し、脱退したバンドです。
30曲以上の長丁場でしたが、一瞬たりとも見逃さず最後まで見届けるのが自分なりのけじめとして挑みました。
正直な話、今まで脱退した事も、自分が居ないステージを観た時にも、後悔などした事は一度も無かった。念のため書いておくが、決して否定などではない。それだけの覚悟を持って脱退したから当然の心情である。
だが、終盤に向かうに連れて形成されていく、メンバー・オーディエンスが作り出す会場の圧倒的な景色に魅せられ、感動と共に、このステージに立つ事を選択出来なかった自分に初めて悔しさを覚えた。それと同時に、このバンドの一員だった事を誇りに思えた。本当に最高のライブだった。
アンコールからの[そこに有る理由]では様々な記憶が蘇り、[カムカムアゲイン]ではその景色に涙腺が緩み、崩壊しそうになったが耐えた。なぜなら男だからだwww
以下、自分の話になるんで少し長くなります。
そもそも、自分と電脳オヴラアトの縁は、17歳当時組んでいたフォルクローレという非常にアレなバンドwwで、寝屋川VINTAGE BARに出演した時、当時店員だった玲と仲良くなり、その後、後輩として電脳主催イベントに呼んでもらったりしていた。多分、当時のお客さんは誰も知らんやろけどww
そんな活動を数年いくつかのバンドを経て、23歳当時リーダーだった自分のバンドに限界を感じ、脱退か解散を視野に入れ日々苦悩していた時期に、(ひどく酔っ払ったww)トモロウと玲から電話があり、ヨウスイ君の脱退に伴い、自分を後釜にとの誘いを受け、それを快諾。だが暫くの間、俺の中ではギターと立ち上げたバンドを捨てたという心残りが付き纏う。まぁそれは置いとくかww
そして、同じV系という括りではあるものの、ヴィジュアル面・音楽面では真逆といってもいい電脳オヴラアトに自分が馴染み、納得の行く形になるまで本当に時間がかかった。何度逃げたろうかと思ったかwww
しかし、当然苦悩もしたが、それが糧となり今の俺があるから後悔はしていない。しっかしレコーディングは本当に辛かったww
当時の所属事務所・ファーストセルの副社長・GargoyleのTOSHIさんには本当にお世話になりました。当時の自分をシバき回したい気持ちが未だ拭えないwww
そして一度目の解散。そこに至るまでの経緯は、俺にとって本当に辛くて、今でも夢に見る事がある。
メンバー間の亀裂、事務所からの独立に伴う不安、徐々に減り行く動員。解散という結果は当然である。
だが、ただ俺は、本当に解散だけはしたくないという一心で、亀裂の入ってしまったメンバー間の橋渡しだけでも出来ないかと日々模索するも空回り。そして、結果は言わずもがなでしたがね…wwでも、今だから言うけどあの時、電脳オヴラアトは俺の全てだったんだよ。俺ウザいよねwww
それから1年半、一度目の限定復活。生活を犠牲にしてまでのバンド活動からの引退という理由で、所属していたザ・ゴールデンスパイダーを脱退直後のイベント。新旧メンバー出演という、聖飢魔Ⅱ状態(俺が勝手にそう呼んでるだけww)でのお祭り的ライブだった。…気がするwww
さらに2年後、二度目の限定復活。今にして思えば、俺の中ではこの時が、自身が身を置く電脳オヴラアトとしての最後だったのかもしれない。
離れ離れになって数年かかって気付いた電脳オヴラアトでしか表現できない音楽の素晴らしさと結束、集まっていただいたお客さんが作る会場の空気、眩い照明と音圧。全てにおいて最高の瞬間だった。ステージに立った瞬間、頭の中が真っ白になって鳥肌が立った。
ま、まぁ帰りの温泉宿でのガチホモ騒ぎ的なあれそれは割愛するか…ww
半年後、電脳再来・完全復活。正直に書かせていただくと、ここからは記憶が薄い。
というのも、メンバーで唯一定職に就きながらの活動で、職種柄自由に有給が使える訳でもなく、さらにもう1バンド掛け持ちという状況下、レコーディングにライブ活動。
自分が選んだ道とはいえ、本当に気の休まる時間がなかった気がする。それすらも記憶が薄い。じじいとか言うなww
他のメンバーは、再結成に手応えを感じ意欲に燃え、当初の予定より活動ペースを上げることを望み、それに自分が応える事が出来ない現状から、当然ながらメンバー内での孤立や、必要事項等の情報不通、それに伴い下がり行く自分のモチベーション。そういった敬意を経て、人間関係にも私生活にも限界を感じ、再開からわずか半年で脱退を申し出る。
俺個人としては、月に何本もブッキングで約30分のライブで数をこなすより、3ヶ月~半年に1度ワンマンもしくはツーマンで内容の充実したライブをし、ぼちぼち音源を作りながらの活動が理想でした。
まあしかし、そんな活動ペースなど動員が先細りするのも明白であり、なにより他のメンバーが求めるものではないであろうから言わなかったんですがね。ここが俺の駄目なとこだなwwwわかってますよ!
ただね、結果的に動員が一桁になろうと、[電脳オヴラアトのライブ]をしたいというのが俺の本心でした。大好きだったんだよ!言わせんなww
で、話し合いの末、自分の方から月1回多くて2回の活動ペースを条件としたが、交渉は決裂。大晦日に脱退確定。2月に告知、3月に脱退に至る。
前記したが、最後の瞬間まで自分の選択肢に後悔はしていなかった。当然、メンバーに対する恨みも無い。
これが俺の電脳オヴラアトとしての歴史とその時々の考えです。いやー長かったよねwwwメンゴ!メンゴ!!
最後に、俺含めメンバー全員、本っっ当にいい加減でだらしがなくてどうしようもない中年の集まりだったけど、自分の青春の大半であり、一時期は全てをかけ、音源を製作し、全国巡業した電脳オヴラアトという存在は、2011/10/29という日を持って、完全に終了してしまったけれど、何人かの人達の記憶に何か少しでも残せたというのであれば幸いです。
自分は生涯記憶に残るであろう想い出と、通常ではありえない程の喜怒哀楽をぶつけ合えたメンバーに出会えた事と、最後に最高のステージを客観的に観ることが出来た唯一のメンバーになれて本当に幸せ者でした。
自分は最終メンバーではないんですが、彼らとともに御礼を言わせて下さい。
電脳オヴラアトを長い間支えていただいたお客様及び関係者各位、本当にありがとうございました!
ごきげんよう、永久に記憶の中。
あ、たまには音源聴いてくださいねwww俺はずっと聴きますから!それでは、長文失礼しました。
C-武
先日は難波ROCKETSにて、電脳オヴラアトのラストライブを観て来ました。
知っている方もいるとは思いますが、自分が途中加入して1度解散し、2度4夜の限定復活を経て、完全復活し、脱退したバンドです。
30曲以上の長丁場でしたが、一瞬たりとも見逃さず最後まで見届けるのが自分なりのけじめとして挑みました。
正直な話、今まで脱退した事も、自分が居ないステージを観た時にも、後悔などした事は一度も無かった。念のため書いておくが、決して否定などではない。それだけの覚悟を持って脱退したから当然の心情である。
だが、終盤に向かうに連れて形成されていく、メンバー・オーディエンスが作り出す会場の圧倒的な景色に魅せられ、感動と共に、このステージに立つ事を選択出来なかった自分に初めて悔しさを覚えた。それと同時に、このバンドの一員だった事を誇りに思えた。本当に最高のライブだった。
アンコールからの[そこに有る理由]では様々な記憶が蘇り、[カムカムアゲイン]ではその景色に涙腺が緩み、崩壊しそうになったが耐えた。なぜなら男だからだwww
以下、自分の話になるんで少し長くなります。
そもそも、自分と電脳オヴラアトの縁は、17歳当時組んでいたフォルクローレという非常にアレなバンドwwで、寝屋川VINTAGE BARに出演した時、当時店員だった玲と仲良くなり、その後、後輩として電脳主催イベントに呼んでもらったりしていた。多分、当時のお客さんは誰も知らんやろけどww
そんな活動を数年いくつかのバンドを経て、23歳当時リーダーだった自分のバンドに限界を感じ、脱退か解散を視野に入れ日々苦悩していた時期に、(ひどく酔っ払ったww)トモロウと玲から電話があり、ヨウスイ君の脱退に伴い、自分を後釜にとの誘いを受け、それを快諾。だが暫くの間、俺の中ではギターと立ち上げたバンドを捨てたという心残りが付き纏う。まぁそれは置いとくかww
そして、同じV系という括りではあるものの、ヴィジュアル面・音楽面では真逆といってもいい電脳オヴラアトに自分が馴染み、納得の行く形になるまで本当に時間がかかった。何度逃げたろうかと思ったかwww
しかし、当然苦悩もしたが、それが糧となり今の俺があるから後悔はしていない。しっかしレコーディングは本当に辛かったww
当時の所属事務所・ファーストセルの副社長・GargoyleのTOSHIさんには本当にお世話になりました。当時の自分をシバき回したい気持ちが未だ拭えないwww
そして一度目の解散。そこに至るまでの経緯は、俺にとって本当に辛くて、今でも夢に見る事がある。
メンバー間の亀裂、事務所からの独立に伴う不安、徐々に減り行く動員。解散という結果は当然である。
だが、ただ俺は、本当に解散だけはしたくないという一心で、亀裂の入ってしまったメンバー間の橋渡しだけでも出来ないかと日々模索するも空回り。そして、結果は言わずもがなでしたがね…wwでも、今だから言うけどあの時、電脳オヴラアトは俺の全てだったんだよ。俺ウザいよねwww
それから1年半、一度目の限定復活。生活を犠牲にしてまでのバンド活動からの引退という理由で、所属していたザ・ゴールデンスパイダーを脱退直後のイベント。新旧メンバー出演という、聖飢魔Ⅱ状態(俺が勝手にそう呼んでるだけww)でのお祭り的ライブだった。…気がするwww
さらに2年後、二度目の限定復活。今にして思えば、俺の中ではこの時が、自身が身を置く電脳オヴラアトとしての最後だったのかもしれない。
離れ離れになって数年かかって気付いた電脳オヴラアトでしか表現できない音楽の素晴らしさと結束、集まっていただいたお客さんが作る会場の空気、眩い照明と音圧。全てにおいて最高の瞬間だった。ステージに立った瞬間、頭の中が真っ白になって鳥肌が立った。
ま、まぁ帰りの温泉宿でのガチホモ騒ぎ的なあれそれは割愛するか…ww
半年後、電脳再来・完全復活。正直に書かせていただくと、ここからは記憶が薄い。
というのも、メンバーで唯一定職に就きながらの活動で、職種柄自由に有給が使える訳でもなく、さらにもう1バンド掛け持ちという状況下、レコーディングにライブ活動。
自分が選んだ道とはいえ、本当に気の休まる時間がなかった気がする。それすらも記憶が薄い。じじいとか言うなww
他のメンバーは、再結成に手応えを感じ意欲に燃え、当初の予定より活動ペースを上げることを望み、それに自分が応える事が出来ない現状から、当然ながらメンバー内での孤立や、必要事項等の情報不通、それに伴い下がり行く自分のモチベーション。そういった敬意を経て、人間関係にも私生活にも限界を感じ、再開からわずか半年で脱退を申し出る。
俺個人としては、月に何本もブッキングで約30分のライブで数をこなすより、3ヶ月~半年に1度ワンマンもしくはツーマンで内容の充実したライブをし、ぼちぼち音源を作りながらの活動が理想でした。
まあしかし、そんな活動ペースなど動員が先細りするのも明白であり、なにより他のメンバーが求めるものではないであろうから言わなかったんですがね。ここが俺の駄目なとこだなwwwわかってますよ!
ただね、結果的に動員が一桁になろうと、[電脳オヴラアトのライブ]をしたいというのが俺の本心でした。大好きだったんだよ!言わせんなww
で、話し合いの末、自分の方から月1回多くて2回の活動ペースを条件としたが、交渉は決裂。大晦日に脱退確定。2月に告知、3月に脱退に至る。
前記したが、最後の瞬間まで自分の選択肢に後悔はしていなかった。当然、メンバーに対する恨みも無い。
これが俺の電脳オヴラアトとしての歴史とその時々の考えです。いやー長かったよねwwwメンゴ!メンゴ!!
最後に、俺含めメンバー全員、本っっ当にいい加減でだらしがなくてどうしようもない中年の集まりだったけど、自分の青春の大半であり、一時期は全てをかけ、音源を製作し、全国巡業した電脳オヴラアトという存在は、2011/10/29という日を持って、完全に終了してしまったけれど、何人かの人達の記憶に何か少しでも残せたというのであれば幸いです。
自分は生涯記憶に残るであろう想い出と、通常ではありえない程の喜怒哀楽をぶつけ合えたメンバーに出会えた事と、最後に最高のステージを客観的に観ることが出来た唯一のメンバーになれて本当に幸せ者でした。
自分は最終メンバーではないんですが、彼らとともに御礼を言わせて下さい。
電脳オヴラアトを長い間支えていただいたお客様及び関係者各位、本当にありがとうございました!
ごきげんよう、永久に記憶の中。
あ、たまには音源聴いてくださいねwww俺はずっと聴きますから!それでは、長文失礼しました。
C-武
ヤヌピロさんへ。
アメブロでパス出してくるのはやめれwww全然気づかんかったわwww
アメブロでパス出してくるのはやめれwww全然気づかんかったわwww

