ずっと「さぁ、これからだ!」 -5ページ目

ずっと「さぁ、これからだ!」

「さぁ、これからだ!」はずっと続くので素直に「ずっと」と付けました。今後ともよろしくお願いいたします。

 もう50年以上前の筈だが、いまだに脳裏に焼き付いているシーンがある。「明日のジョー」の最終回の1コマである。戦い終えたジョーが自分のコーナーに戻り、椅子に腰をおろした絵である。ちょうどいま車のコマーシャルに使われているので、リアルタイムで「少年マガジン」を買いに走った方でなくとも絵を見ることが出来る。ただ、率直に言えばCMの使われ方には少し違和感が残る。真っ白に燃え尽きたジョーと、車の乗り心地良さのアピールが結びつかない。個人的な感想だから、CMの作成意図についていちゃもんをつけている訳ではない。

 あの頃私たちは発売日には競って本屋さんに駆け付け、買い求めたものである。実際のボクシングの試合では、ほんの数十秒しかない筈の、繰り出される腕が交差する場面だけで1週が終わり、続きはまた来週に持ち越される。しかし、真っ白に燃え尽きてイスに座りこんだジョーはかつてのライバル力石徹と同じようにそこで命までつきてしまったのか、その後の人生を生き続けたのか、という疑問が残るエンディングであった。

 インターネットでは、パンチドランカーとしてその後の人生を歩むジョーの姿なんて見たくない、という意見が多いのだそうだ。しかし、私としては、栄光の後の人生を描くことこそ、本当の人生ドラマだと思っている。世の中の圧倒的に多くの人は、平凡な人生を送っている。平凡イコールつまらないとか、悲惨と捉えるのは違うかもしれないが、恰好良さの頂点で真っ白に燃え尽きてドラマは終わり、というのはちょっと作者としてズルイのではないか。その後のジョーの人生は恰好良さとは対極かもしれないが、出来ればそういう姿をこそ描いて欲しかった。最も恰好良くない主人公の生きざまを描く辛気臭いドラマでは少年ファンの熱気を惹き付ける訳はないから、それは無理な注文だろう。だいいち原作者はとおに鬼籍に入ってしまったのだから…。

 

 上記は私が10年ほど前に朝日カルチャーセンターの通信講座「文章教室」に提出した文章です。そもそも「明日のジョー」という漫画なんて見ていない方のほうが多分多いように感じられるので場違いのようないもします。ワタシもこのブログに再掲出することが妥当かどうかと思いましたが、「何か文章を…」ということで、苦し紛れに昔の文章を転記しました。