子供の頃、祖母にお話をせがんで聞かせてもらった物語に

こんなのがありました。

 

白い猫と白い犬がすれ違いました。


白い猫は白い犬のことを「すてきな犬と思いました。

白い犬も白い猫のことを「かわいい猫」と思いました。

 

またあるところで、黒い猫と黒い犬がすれ違いました。

 

黒い猫は黒い犬のことを「なんだか嫌な犬」と思いました。

黒い犬も黒い猫のことを「なんだか感じの悪い猫」と思いました。


というような内容でした。(ざっくりですが)

 

子供の頃の私はそれを聞いて


(・д・?) 「は? オチは・・・?」 


みたいな、ぽかーん


としてしまったことを覚えています。

 

あと、人種差別っぽくていやだなとも思った記憶が(笑)

 

子供の頃の私には、

お話の教訓ポイントがまるっきりズレて

肝心なことがまったく伝わっていなかったわけですが

今ならわかります。

 

好意には好意が

悪意には悪意が返ってくる


といった話だったわけです。

 

さて、前置きが長くなってしまったのですが

先日狭い薬局で商品を選んでいる時に

通路の端からベビーカーを押すお母さんがやってきました。

 

もちろん選ぶのをやめて通路を譲りましたが

そのお母さん&ベビーカーの近づき方が

遠慮のかけらもなく

「オラ、どけよ!」ばりのスピードだったので譲ったものの

正直イラッと・・・してしましました。

 

私は中学生くらいの頃から

赤ちゃん連れや妊婦さんに異様な憧れを持っていて

電車でも階段などでも

「ささ、どーぞどーぞ!」の精神で率先して譲るし

困ってることはないかな!?と目を光らせて

何かお手伝いできたときは「ムフフ♪」と喜ぶ人間だったのですが


こうして今自分が妊婦を経験し乳児の母になり、

周りの方の善意に感謝する立場になってから

妊婦や、私がこれからなるであろう子連れ母子を見かける時

人によっては

「してもらって当たり前」のような態度をとる人がいることに

とても残念な気持ちを抱く瞬間が増えました。

 

薬局で狭い通路をベビーカーで通りたい時も

私なら

「雀の子、そこのけそこのけ赤ちゃんが通る」 

な退けオラ!!な通り方は絶対したくないです。

 

出産して育児に追われると、

ベビーカーってかさばるってことを忘れてしまうんでしょうか。

 

基本的に赤ちゃんやよちよちくんを見ると

かわいい~♪と癒されますが

そんな赤ちゃんやよちよちくんでも

かっわいくねええーー(-""-;)って思うことがあります。

 

私の場合、それは電車の中です。

椅子に靴脱がずに上がってる子は

いくらお外の景色るんるん♪なしぐさを見せられても

全員すごく嫌です・・・。

その瞬間から微塵もかわいいと思えなくなります。

 

先日妊娠中に乗った電車の中で、目の前の子供が土足で

座席に上っていて、隣の女性の太ももに靴が当たっていました。

お母さん、気づけ・・・!(;´Д`)ノ 

念じるもむなしく、ママは気づかない。

 

隣の女性も、最初は小さな子に目を細めていたのに

服に靴を当てられてはさすがに微妙な表情に変わってしまいました。

 

私は将来保育の仕事をしたいと思っているのに

この程度のことで心狭いかな~><と思う気持ちもあるのですが

いやいや、これは心の狭い広いじゃなくて

マナー・しつけの問題だよね・・・と思ったり。

 

少なくとも自分が親になって電車に乗る時に

子供が窓の景色を見たいと言ったら

たとえ一駅だろーと100%靴を脱がす!!

と昔から誓いをたてています。

靴の底の面が触れていなければOKとかいう

自分ルールも適用せんぞ!!と。

 

電車でたまたま同じ車両に乗る人、

街ですれ違う人の大多数は

子供の人生にかかわる人間ではない他人、

赤の他人ではあるけれど

だからって「そんな他人にどう思われてもいーわ」と

遠慮も感謝もマナーも忘れて育児っていうのは絶対違うよ。

 

子供が大きくなってから、周囲に愛され

受け入れられるかどうかは本人の自己責任だけど

小さいうちは「親の態度がほぼ全て」

と言っても過言ではないと思います。

親が馬鹿を晒して、白い目で見られるのはわが子なんだ・・・!

と、昔聞いた祖母の話を久々に思い出して考えました。

 

祖母の話では「白い犬猫」が良い関係を表しているのに

非難の視線が「白い目」ってのがなんか笑えるのですが。

 

こんなことをブログに書いたのは

出産を終え、これから怒涛の育児に突入するなか

今自分が思っているようなことを

未来の自分が忘れてしまうんではないか・・・?という不安からです。

 

こうはなるまい、

ああはなるまい、

そんな覚書として書いています。

 

自分の子供ができるだけ周囲の人に

優しい目で見守ってもらうためにはまず

親の私が周囲への感謝や配慮を忘れずに行動することが大事。

  

何が正しいのか人によって違うけれども、

私は今持ってるこの基準を子育て時に忘れたくないなあ。

私が「白い母」でいられるよう、ブログに残しておきます。