結婚して見知らぬ地での生活13年・・・


生まれ育った土地や


遠く離れてしまった両親、友達が恋しくて


淋しいと思う気持ちは当然のことだと


そう信じて疑わなかった。


そんな淋しさや不安が続く生活のせいで病気になったんだと。


なのに・・・


故郷へと戻り、あんなに恋しかった両親や友達がいる生活をしても


淋しさは、消えてはくれなかった。


私を淋しく憂鬱にさせていた原因は


いつだって自分の外側にあるとばかり思っていた私にとって


これは、衝撃だった。



ふと、小学生のころに同じことを感じたのを思い出す。


リビングで家族団らんしていたときのことを・・・


「足りない・・・」


父、母、弟と私、家族4人揃っているにも関わらず


何かが、誰かが、足りないという感覚を持つ自分を不思議に思った。


大好きな両親が目の前で笑っていて、こんなに楽しい時間を過ごしているのに


どうして淋しいと思うのかがわからなくて、そんな自分がおかしいのだと。


だから、その淋しさという感情を正当化するための理由が欲しくて


足りないと考えた気がする。


誰かひとり、足りないんじゃないか・・・


だけど私の家族は4人で、何度数えても4人いることに混乱したのを覚えている。



そのときの感覚ととてもよく似ていることに気付いてしまった。


大人になった今でも、そうやって原因や理由を外側に求めていたんだ。


淋しいのは、あの人がいないから・・・


悲しいのは、誰かが私を傷つけたから・・・


幸せじゃないのは、お金がないから・・・


何度求めて手に入れても満たされないあの感覚がそう


だからホントは薄々、頭の端っこでは気付いてたように思う。


外側じゃなく、自分の内側にあること・・・


答えは自分の中にあるということ・・・


本当に気付いてしまった今、


私はここから始まる。









いつからだろう・・・とにかく寝ることが好き。



10代のころ、ベッドに入る瞬間が一番幸せで


朝、目覚める瞬間が一番辛いと思っていたのを思い出す。


それは今でも変わらないのだが、振りかえれば


楽しみな予定のある日には、スッキリ目覚めたように思う。


逆にいえば、朝(明日)が来るのを楽しみだと思えない日々が多かった・・・


学校、仕事が休みの日以外はそうだったな。



だからって例えば休日に好きなだけ寝たとしても、それはそれでスッキリしない。


寝たいだけ寝ておいて、起きると罪悪感・・・ってそれもどうなの?


せっかくの休日が台無し、もったいない!なんて思ってしまい、挙句はダメ人間のレッテルを


自分で自分に貼りつけてしまうのだから。



どんなに辛くても起きて、充実した一日を過ごすか


寝たいだけ寝たとしても、そんな自分に罪悪感を感じなくなるか


その2択しかないように思っていたけれど。


そもそも、なぜそんなに眠いのか・・・そこを考えるべきかもと気付いてしまった。



寝ても寝ても眠い。。。時間のゆるすかぎりずっと眠り続けていたい。。。


何か「やらなければならないこと」を前にしたりすると決まって眠気が襲ってくる。


一見「生きること」とは対極にある行動のように思えるけれど、


実は・・・自分を守るために必要だったのかもしれない、生きるために。



幸せになるために、生まれてきたはずなのに


まだどこかで


無意識に永遠の眠りを望んでいる自分がいるのかもしれない。




こうしてキーボードを打ってる今も、すごくすごーく眠くてたまらない。


まだ午前中なのに・・・









「え?鬱だったんですか?」


最近、一番ムカついた瞬間だった。


鬱病だったことを隠すつもりはなかったので、この質問自体が問題だったのではない。


この質問をした相手の好奇の目に嫌悪を感じた。



といっても、私自身も心の病に対する偏見は持っていたので


自分が鬱病だというのを なかなか受け入れられなかった時期もある。


だから病院で処方された薬を飲むことにも、すごく抵抗があった。


カウンセリングを積極的に受けるようにしたのも、薬をやめたかったからで


私の場合、数回のカウンセリングで病院の予約日を忘れるほどの変化は


自分でも驚いてしまった。



「薬は、自然に飲むのを忘れていくから・・・」


精神科医のその言葉どおり、だんだん間隔が空き本当に忘れてしまい


最後に薬を飲んだのは、1年半以上前になるだろうか。


まだ、化粧ポーチに何錠か入ったままだけれど。



私の周りには、鬱やパニックで苦しんでる人がとても多い。


類は友を呼ぶというのか、仲良くなってから「実は私も・・・」


とあとから知ったりする。


そんな友達のなかの一人が、ある日こう言った。


「私は、鬱になるくらいの人の方が好き」


この言葉を聞いた時、なるほどと思った。



だから、私の周りには多いのかと。