彼に異動辞令が出まして
大阪を離れることになりました。
4年半、お世話になった大阪市西区。
生活圏内には下町情緒溢れる商店街、
ウォーキングで少し歩くとミナミ、
という好立地も相乗して
本当に住みやすいところでした。
私が休職した半年間は、
彼だけでなく、この街にも
癒してもらったので
思い返すと
感慨深い想いが込み上げてきます。
今だから言えることですが
究極の選択すら頭をよぎるほど
心が疲れてカラカラに乾いていたから
近くのスーパーで買い物をしていると
自分の意に反して自然に涙が出ることが
しばしばあったのです。
如何せん、自己制御不能だったから。
そんなときは決まって
おばちゃんが「どないしたん?」と
声を掛けてくれました。
「辛いことでもあったん?」と。
関西がHOMEの私にとっては
お節介文化の真髄である“おばちゃん”は
違和感はなく
むしろその優しさに幾度となく救われ
「明日はええことあるから大丈夫や」と
背中をポンポンされると
笑顔になれたのでした。
それも一度や二度ではなく
何人ものおばちゃんの温もりに触れ
どれだけ助けられたことか。
今日、こんなことがあった!あんなことも!と
見聞録さながらに語る私を受け止め
うん、うんと毎日聴いてくれた
彼もまた、無限の愛情をくれた人です。
あの時、あの場所、あの時間の全てによって
今の私が在る、と言っても過言ではなく
感謝してもしても、しきれないくらい
感謝しています。
おばちゃんら、ほんまにありがとう。
彼は首都圏に戻ってくるので
それはとても嬉しいことなのだけれど
大阪の家を離れることは心底名残惜しく
走馬灯のように想い出が頭をよぎるので
荷造りをしながら泣くという
数日を過ごしたのでした(笑)
最近、彼と老後の生活について
話す機会が増えていますが
(そういうお年頃ですからね)
大阪や神戸を拠点にしてもいいね、と
本気で考えています。
私たちは子供はいないから
資産を残す必要はなく
家の購入は考えていないし、
介護をする人もおらず
何処に居を構えてもよいので
選択は自由。
東京は働くための場所で
骨を埋めるところではないと、
田舎っぺの私は思うわけです。
とどのつまり、元の場所に戻ることを
本能が求めているのかもしれません。
彼の異動も、今回が最後かな。
いずれにせよ、しばらくは首都圏なので
数年かけて考えることにします。
ありがとう、ほなまたな〜♡
