正直、さっぱりわからなかった。
昔から革命というものに憧れはあった。
多分みんなそうだと思うけど、
そういう内容のゲームや漫画にとても惹かれた。
カードゲームの大富豪をしては革命ばかり起こそうとしていた。
だけど、思うにそういう子供向けの娯楽の中の革命と、現実の革命はまったく違う。
それは考えてみれば当然のことなんだけど、考えたこともなかった。
考えが遠く及ばないほどの厳しい戦いの末に革命があるのだ。
革命とはなんなのかさえ、俺は知らなかった。まずそこに、強いショックを受け
た。
革命とは、独裁者を倒すこと。
軍ならばクーデターを起こせるけれど、チェたちはその軍と戦う必要があった。
最初はほんの数人、ほんのわずかな武器のみから始まっている。
そこから同士を集め、敵を襲い、武器を集め、農民の支持を得て、また仲間を増やした。
言ってしまえば簡単だけど、現実にそんなことができるのか、
50年前に実際に起こったことなのにそう思ってしまう。
寄せ集めのメンバーをちゃんと組織化できるのか、
その役割に不満を持つ者、俺の方がうまくできると愚痴を言う者、こんなに辛いならと弱音を吐く者はいなかったのか、
敵との戦いで致命的な被害を受けることはなかったのか、
ほんの少数の革命軍に希望を見出し、命を預ける農民など本当にいるのか、
仲間が多くなればなるほど必要な衣食住と資金は膨れ上がるはずだ。
実際、これらの要素は何度も革命軍の足を取ったと思う。
だけど彼らは決して転ぶことはなかった、崩れることはなかった。
それは、最大のピンチに主人公の隠されていた力が開花されたとか、強力な助っ人が登場したからではない。
誰でも等しく一発でも銃弾が急所に当たれば死ぬし、同じく殺せるのだ。
それを可能にしたのは、カストロやチェを始めとする数人の真の革命家たちのただの努力とカリスマ性だろう。
全員が同じ志のもと、自分のより良い未来のためではなく、キューバ国民のために戦っていた。
全員が自己犠牲のもとに戦っていたように思う。
不思議で仕方がないのは、そういう彼らはほとんどが30歳前後の若者であるということだ。
なぜそこまでの実力が彼らにあったのか、信じられないくらいだけれども、
この本を読む限り彼らにその実力はなかったんじゃないかと、正直思う。
ただただ迫ってくる困難を乗り越え、壁を壊し、仲間をまとめて前に進む。
全く未知数の事態が迫ったとしても、彼らにそれに備える時間などはなく、
ただただ必死で、本当に全身全霊で知恵とアイデアと体力を絞ってぶつかったのだと思う。
力を貯める、備える、勉強する、そんなことをしている間にも
キューバの人たちは飢え、苦しみ、死んでいく。
もうやるしかなかった、そしてやりきった。
信じられないけどそういうことなんだと思う。
それほどまでの思いが、キューバの人たちにはあったのだろう。
けどわからないのは、チェがアルゼンチン人だということだ。
なぜ祖国でもない、なんなら革命時の上陸が初入国である国のためにそこまでできるのか。
彼はアルゼンチン人ではなく中南米人だったということなのだろうか、
そうだとしてもそれはその後アフリカのために戦った理由にならない、やっぱりその感覚は理解ができない。
大切な人もいないのに、むしろ身内を危険に巻き込みながら、見ず知らずの人のために戦う。
革命後も、多くの人に称えられることにまるで興味がないように、
またコンゴとボリビアで革命を起こそうとジャングルに籠る。
そんな彼の感覚が、正直最後までわからなかった。
彼に似た人物がいるとしたら、それはキリストじゃないだろうかとさえ思った。
だけどこういう男がいたのだということを、一生忘れずにいようと思う。
この革命をキューバの戦士たちが成し遂げたということは、何十年後も、もしかしたら何百年後も、
人々の希望となり勇気を与え続けるだろう。
それこそが革命だと思う。
そしてその力となり続けるのはこういう本があるからだと思う。
- チェ・ゲバラ伝 増補版 (文春文庫)/文藝春秋

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